ずっとそばに
プロローグ
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2
3
4
エピローグ
−4−
「大体のところは分かったわよ。・・・で、あんたの予定だとこれからノアはどうなるわけ?」
肩を竦めたフェルテは、改めてエルドリューに問いかけた。
「そうだな・・・竜人化は、命名者によって呼ばれることで保たれ、強化されるもの。資質の合わぬ
そなたに付けられた名前で呼ばれ続けることは、あの子にとっては何の益にもならぬ。出来るだけ
早く竜術士・・・最低でも我等同族の中から命名者を探し、名前を付け直す必要があるだろう。」
「それじゃあ・・・ノアの名前を変えるってこと!?」
「そうだ。そして、その為にそなたの記憶を消させて貰う事になる。今後も不完全な竜人化をもたらす
名であの子を呼ばれては困るゆえな。」
「そんな・・・!」
そのあまりの言い草に、思わずフェルテはエルドリューにくってかかっていた。
「ノアを連れて行くだけじゃなくて、ノアのことも忘れろっていうの!? 冗談じゃないわ、あたしは絶対に
認めない・・・」
「だが、これはそなたのためでもあるのだ。」
「あたしのため? いい加減なことを言わないで!!」
ここまで来て、エルドリューは初めて言葉を荒げた。・・・それは、単にフェルテがなかなか諦めないから
だけではなかったろう。
「違う! 私は本当にそなたのことを思って言っているのだ! ・・・そなたはノアと出会うまで竜の
存在を信じていなかったであろうが、世の中にはそうでない人間もいる。そして、その中には竜の血を
『不老不死の妙薬』と信じ、竜を探し求めている人間もいるのだ・・・そう、竜を殺しその血肉を得る為
にな!!」
「・・・!」
「幸いここは外界と隔絶された環境だったから良かったものの、もしそうでなければ・・・いや、遅かれ
早かれあの子のことがそうした人間に知れ、竜狩りの人間がこの地にやって来ることになるだろう!
そうなった時・・・そなたはどうするつもりなのだ!?」
「決まりきったことを聞かないでよ! もちろん、ノアを守る・・・」
「守れるのか!? か弱い女手一つで、ろくに力を扱うことも出来ぬ竜を。結局、そなたも命を落とす
ことになる!」
「くっ・・・!」
「そのような事態を招くと分かっているのだ・・・そなたとあの子をこのままにして置くことなど出来ぬ!
よしんば、幸運にもそのような事態にならなかったとして・・・我等の命はそなたら人間の五倍以上も
あるのだ。そなたが死した後、独り遺されたあの子を一体誰が守ってくれるというのだ! 答えて
みよ!!」
「それは・・・」
痛いところを突かれ、唇を噛み締めるフェルテ。その様子を厳しい眼つきで眺めていたエルドリューは、
ここでふっと労わるような表情を浮かべた。
「こうして見ると、そなたは本当にミランダに良く似ているな。あれの若い頃を思い出す・・・。」
「・・・母さんの?」
「ああ。竜をこよなく愛し、何としても竜を守ろうとするその姿勢がな。・・・もっとも、そのせいでミランダ
には知らぬうちにだいぶ無理をさせてしまったのだがな。」
ここで、エルドリューはうなだれていたフェルテの両肩にそっと手を置いた。
「そなたの母は、我等水竜一族の為に本当に良く尽くしてくれた・・・それについては、感謝しても
し切れぬ。そのミランダが守り育てようとした卵ならば、私にとっても家族も同然。あの子を引き取り、
一人前に育てようというのは・・・ミランダに対する我等の恩返しでもあると思って欲しい。」
「・・・・・・。」
「もちろん、ミランダはその役目を娘であるそなたに託したかったのであろう。そなたの母が病身を
おしてこの地に戻ってきたのは、恐らくそなたに事情を話し、跡を継いで欲しいと思っていたから
こそ・・・だが、そなたには水の資質がなかったのだ。諦めるしかなかったであろうな。」
この言葉を聞いて、フェルテは顔を上げた。
「じゃあ、母さんが何も言わなかったのは・・・」
「そうだ。言えば、そなたは苦しむことになったであろう。あるいは、それを見越して・・・。」
「母さん・・・。」
黙り込む二人。しばらくして、エルドリューが再び口を開いた。
「ここから遠い北方に、コーセルテルと呼ばれる地がある。そこは外界と隔絶され、竜術士の元で
竜たちが安全に術を学ぶことが出来るのだ。・・・あの子は、水竜族族長の私の責任を持ってかの地で
教育を受けられるように取り計らおう。」
「そこへ行けば・・・ノアは一人前になれるのね?」
「そうだ。今ならまだ間に合うかも知れぬ・・・竜術士に命名をし直してもらい、術の扱い方を学べば、
あるいは・・・。」
「・・・・・・。」
エルドリューの言葉を聞きしばらく考えていたフェルテは、やがて決心したように一つ頷くとノアが待って
いる部屋に入っていった。
「フェルテぇ・・・」
ステラに付き添われていたノアは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると部屋に入ってきたフェルテの
方を縋るような目で見つめた。そんなノアの様子をなるべく見ないようにそっぽを向いたまま、フェルテ
は淡々と切り出した。
「話は聞いたわ。ノア、あんたは里に帰りなさい。」
「え? 今、何て・・・」
「それで、コーセルテルって所でちゃんと術の勉強をするのよ。そうすれば、一人前の竜になれるわ。」
「イヤだよ! 言ったじゃないか・・・ぼくはフェルテと離れたくない。一人前になんかなれなくたって
いいから、ずっと一緒に暮らそうよ!」
「でも、あたしにはあんたに術を教えることはできないし、それじゃあんたは・・・」
「イヤだ、イヤだよ!! フェルテ、なんでそんなことを言うのさ!!」
「そもそも、あんたとあたしじゃ寿命が違いすぎるの。あたしが死んだあとあんたはどうする気なの?
ちゃんと仲間の元へ戻って暮らしなさい・・・その方があんたのためよ。」
「でも・・・」
信じられない・・・といった顔でフェルテをまじまじと見つめるノア。その瞳に新たな涙が湧き上がるのに
気付いたフェルテは、精一杯の虚勢を張ってノアを睨みつけると言葉を叩きつけた。
「もう、分からず屋ね! あんたなんか大嫌いって言ってるの、このバケモノ!!」
「フェル・・・テ・・・?」
「初めて会ったときから、ずーっとそう思ってたの!! もう二度と顔も見たくないわ・・・とっとと
あたしの前から消えて!!」
「そんな・・・」
「あんたも、あたしのことなんて忘れなさいよ!! いつまでも覚えてられちゃ迷惑よ!!」
「待って、フェルテ!」
ここまで言うと、あまりのショックから真っ青になったノアの顔を見ようともせず、フェルテは足音荒く
部屋を出た。そして、部屋の外で待っていたエルドリューの前まで来ると、下を向いたまま立ち止まる。
「・・・辛い別れをさせることになってしまったな。申し訳ない・・・」
「一つだけ約束して。あの子を・・・ノアを絶対に幸せにするって!」
「ああ、もちろんだ。私が、我が子として面倒を見ると約束しよう。」
「もしそうじゃなかったら・・・許さないんだから!! 一生、恨んでやるんだからぁ!!」
顔を上げたフェルテは、エルドリューの胸を両の拳で叩くとそのまま泣き崩れた。そんなフェルテを
エルドリューはしっかりと抱き止めた。