ENDLESS LOVE          5

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物問いたげなユイシィの視線に、ランバルスは微笑むと頷いた。

「次に、ここに来ることがあったら・・・あいつに返そうと思ってな。」

オルゴールを墓標の前に置いたランバルスは、その蓋を開けた。・・・いつも通り、何の音もしない。
それには頓着せず、続いてランバルスは懐から小さな袋を取り出した。ユイシィは、その袋が朝方
ランバルスがリリックに手渡されたものであることに気が付いた。

「師匠、それは・・・?」
「ああ、何でも“差し入れ”だそうだ。」
「差し入れ・・・。」

取り出した小瓶の蓋を開けると、ランバルスは中身の水を円を描くようにして周囲の地面に撒いた。
そして、その様子をきょとんとして眺めていたユイシィをやおら抱き寄せる。

「え・・・あ、ちょっと・・・師匠!」
「じっとしてろ。この円の中にいるんだ。」

ランバルスの予期せぬ行動に、ユイシィは真っ赤になった。身をよじってランバルスの腕の中から
抜け出そうとするユイシィに向かって、ランバルスが囁く。

「さっきの瓶は、リリック特製の“水の小瓶”なんだそうだ。奴さんのありったけの術力を込めたもの
らしくてな、もしかすると・・・」
「え・・・?」
「ほら、聞こえないか・・・?」
「・・・!」

うろたえ、真っ赤になっていたユイシィの耳に、聞こえるはずのないオルゴールの音が届く。

オルゴールの音色

このオルゴールは、古の昔・・・ある水竜王が、最愛の存在だった水の精霊のために作ったものだと
いう。本来なら、水の術資質がなければ、このオルゴールの音を聞くとはできない。事実、ランバルスを
含めて地竜術士家で生活している者の中で、今までこのオルゴールの曲を聞けた者はいなかった。

(きれいな曲・・・)

相手への一途な想い。そして、故郷・・・コーセルテルへの郷愁。・・・ユイシィには、この曲に古の
水竜王が込めた想いが何となく分かるような気がした。
ランバルスは目を閉じて曲に聴き入っている。きっと、コーセルテルの外で暮らした日々のことを思い
出しているのだろう。

(師匠・・・。今だけ、こうさせてください・・・)

ユイシィは自分も目を閉じると、そっとランバルスを抱き締めた。





時間にして五分かそこらだったろうか。
気が付いたときには、既にオルゴールの音は聞こえなくなっていた。恐らく、水に込められていた
術力が尽きたのだろう。
我に返ったユイシィは、慌ててランバルスから離れると、赤くなった顔を見られないように裾を直す
仕草をした。

「・・・帰ったら、リリックに礼を言わなくちゃな。」
「そ・・・そうですね。」
「お・・・そろそろ時間かな。」

ランバルスの言葉に、ユイシィは顔を上げた。いつの間にか日は西に傾き、周囲は茜色に染まって
いる。
二人の作る長い影を見ながら、ランバルスが言う。

「・・・ユイシィ、ミリュウたちとの待ち合わせ場所は覚えてるか?」
「はい、大丈夫ですけど。」
「そうか。悪いが、一足先にそっちに行って待っててくれるか?」
「構いませんが・・・師匠は、どうされるのですか?」
「野暮なこと言わせるなよ。二人だけで話したいこともあるんだ。」

にやりとしたランバルスは、傍らの墓標をポンと叩いてみせた。

「そうですね。では、私は一足先にさっきの場所に戻ります。・・・あまり遅くなると、置いていってしまい
ますからね?」
「はっはっは。分かった、気を付けるさ。」

こちらも笑顔になったユイシィは、ランバルスに向かって一礼すると背を向けた。
去っていくユイシィの後姿をしばらくの間見送っていたランバルスは、ウィンシーダの墓標に手を置いた
まま背後の木陰に向かって声をかけた。

「ずっと、見てたんだろ?」

ややあって、木陰から出てきたのは一人の壮年の男だった。鋭い視線は健在だったが、その身の
こなしに表れた年齢による衰えは隠せなかった。
ギルフォード・ティブロン。かつて、ランバルスやウィンシーダが所属していた盗賊団の頭領だった
男だ。

「やっぱりあんただったか・・・ギル。」
「久しぶりだな。・・・こっちも一目でお前だって分かったぜ、ランバルス。」
「今は、どうしてるんだ? 相変わらず頭領の椅子にしがみついてるのか?」
「やかましい。今日びは、他にロクな奴がいねえんだ・・・仕方ねえだろう。」
「そうなのか。・・・ああ、花はあんただろう? すぐに分かったぜ・・・ありがとうな。」
「ふん。」

鼻を鳴らしたギルフォードは、ランバルスをじろりと睨んだ。

「それにしてもだ。シーダが死んで、すぐに姿を消して・・・もう七年になる。今まで、どこで何をして
たんだ? 連絡の一つもしてくれたっていいじゃねえか。」
「・・・・・・。」
「それに、あの子は・・・? 確か、お前の娘は死んだんだったよな?」
「悪いな。今はまだ、言うわけにはいかないんだ・・・」
「・・・・・・。・・・ま、いいさ。」

ランバルスは、素直に頭を下げた。しばらくの間、そんなランバルスの方を睨むようにして立っていた
ギルフォードは、やがてふっと表情を緩めると肩を竦めた。

「ここは、俺が守る。いつか、二人で・・・戻って来いよ。」
「ああ、そうだな。・・・だがな、いつになるか分からんぞ? あんたも、年で辛くなったらさっさと引退
するんだな。」
「抜かせ。そう簡単にはくたばらねえさ。」
「ふっ・・・。」
「そっちこそ、年に一度くらいは墓参りに来いよな。シーダが寂しがるぜ?」
「ああ・・・そうだな。」

夕陽の中、かつての“戦友”は軽く腕を合わせた。この盗賊団での親愛の気持ちを表す仕草。かつては
ウィンシーダともよくこうしたものだった。

「じゃあな。また・・・。」
「ああ・・・。」

短く別れの言葉を口にし、ランバルスは墓を後にした。少しして振り向くと、ギルフォードの姿は既に
消えていた。夕陽の中、茜色に染まった墓標だけが見える。

(・・・・・・)

何かを言いかけたランバルスは、小さく首を振ると黙って踵を返した。
過ぎ去った日々は、もう取り戻せない。それでも、今の自分には家族がいて、生きていく場所もある。
それだけで、充分幸せなのかも知れない。
やがて、ランバルスを待つ三人の姿が見えてきた。

「あ、やっと来たよ!」
「師匠・・・遅いじゃないですか!」
「おう・・・悪い悪い。」

手を上げたランバルスの顔は、晴れ晴れとしていた。


  *


こうして、ランバルスとユイシィの墓参りは終わった。
ちなみに・・・家に帰るなり寝込んでしまったリリックが、その夜ユイシィ直々の「お見舞い」を受けて
狂喜乱舞したのは言うまでもない(そして翌日、嵐の去った後のような水竜術士の家の片付けに
忙殺された・・・というのもまた、当然の成り行きだったのである)。


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