チーム  1           

チーム


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一夜にして永久凍土と化した、「常春の都」ニカイア。冬軍北都に属するリュネル寒気団の新たな
陣地は、その北端に位置していた。
陣の中央、寒気団団長のために設えられた幕舎。集まった部下たちを前に挨拶を済ませたアズサは、
その中で一人の精霊と向かい合っていた。

「此度は、寒気団への復帰・・・心よりお喜び申し上げます。私と致しましても、じっとお待ちしていた
甲斐がありました。」
「ああ。・・・貴女にも、長きに亘り苦労をかけた。」
「貴女などと。私は団長の部下なのですから、呼び捨てになさればよろしいのです。」

小さく頭を下げたアズサに向かって、四天王二番手のカエデはにこやかに微笑んだ。その頬には、
深い皺が刻まれている。
有史以来、完全な“男社会”だった冬軍。卓越した人格と能力によって、そこに女性が進出する先鞭を
つけたのが、現冬将軍の妻でもあるこのカエデだった。以来、長らく団長職を放棄していたアズサに
代わって、リュネルを束ねてきたのもまた彼女だった。

「しかし、実に立派になられて。夫の目には、狂いはなかったということですか。」
「かたじけない。しかし、私は・・・そのために多くの人間たちを犠牲にしてしまった。そのことを
思うと―――――」
「我等は本来、世界に死をもたらす精霊。人間の死を気にして、弱気になることはありません。」
「・・・・・・。」
「もし人間たちを、哀れと思われるならば。その分まで、立派に団長職を果たされることです。」
「・・・うむ。そうだな。」

ゆっくりと頷いたアズサの様子に、こちらもにっこりと笑ったカエデが小さく溜息をついた。

「これで私も、心置きなく身を引けるというもの。」
「身を引く? それは・・・軍を、退くということか?」
「アズサ様がリュネルの団長になられてから、もう随分になるのですよ? このような非常事態でも
なければ、私もとうの昔に退役しているはずでした。・・・そろそろ、夫の傍での暮らしが、恋しいの
ですよ。」
「そうか・・・。」

僅かに俯いたアズサは、やがて顔を上げるとカエデの目をじっと見つめた。

「のう、カエデよ。その話、もうしばらく待っては貰えぬか?」
「と、申されますと・・・?」
「何も、命絶えるまで仕えよとは言わぬ。だが、今のリュネルは・・・私にとって分からぬ事ばかりだ。
長年団を支えてきた、そなたの力が必要なのだ。」
「・・・・・・。」
「そなたの後任については、できる限り早く手当てすると約束しよう。せめて、後数年・・・リュネルが
軌道に乗るまで、私の力になってくれぬか。」

考える表情だったカエデは、やがて小さく溜息をついた。仕方なさそうに笑うと、アズサに向かって頭を
下げる。

「・・・団長直々に頭を下げられては、致し方ありませんね。では、もうしばらくご厄介になることに
致します。」
「かたじけない。」

頷くアズサ。そこへ、顔を上げたカエデが膝を進める。

「では、早速ですが・・・現在のリュネルの状況について、詳しい話をさせていただきたいと思います。」
「うむ。よろしく頼む。」
「もうお気付きとは思いますが、現在のリュネルは実に惨々たる状態です。アズサ様がご不在の間、
団員の質は低下の一途を辿り、今では軍とも呼べぬ体たらく。これを一から立て直すのは、大変な
苦労を伴うことでしょう。・・・それでも、敢えて茨の道を進まれますか?」
「申すまでもないこと。その責任の大半は、長年団を離れていた私にある。リュネルを冬軍一の精鋭と
して復活させるのは、私の義務であり・・・そしてまた、権利でもあろう。」

きっぱりと言い切ったアズサは、カエデに向かって不敵な笑みを浮かべてみせた。その様子に、大きく
頷くカエデ。

「良い御覚悟です。では・・・」


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