チーム
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−2−
「さっきの演説、俺ぁ正直言って感動しましたね。」
冬軍の各寒気団の構成は、そのかなりの部分が団長の裁量に任されている。ここリュネルの場合、
団長の下に“四天王”と呼ばれる四人の幕僚がおり、その各々が独自の方法で部下を掌握して
いるのだ。
カエデがアズサに初めに行うように勧めたのが、この四天王及びその副官との面接だった。それに
従い、まず最初にアズサが会うことに決めたのが、この四天王三番手のキササゲだった。
「今の冬軍には、不必要な軍紀が多過ぎる。それを、何かあるごとにやれ始末書だ、減棒だ・・・ってん
じゃ、こっちもやる気が出ねえってもんで。いやー、話のわかる団長で、ホント良かったですよ。」
アズサの前にどっかりと腰を下ろしたキササゲは、初めから上機嫌な様子だった。時折無精髭の
生えた顎に手を当てながら、べらべらと喋り続ける。馴れ馴れしいその態度には、上官であるアズサに
対する“敬意”の念は微塵も感じられない。
無表情でその様子を眺めていたアズサは、やがてちらりと手元の書付に目を落とした。
「その方・・・。キササゲと申したな。」
「あ、はい。」
「確かに私は、まず初めに何が大事かを見極めろと言った。あれは私の紛れもない本心であり、今後も
団を率いていくに当たって、常に皆に考えて貰いたいことだと思っている。」
「ですよねえ。俺だって、いつもそう―――――」
「しかしだ。それと“好き放題”とはまったく別のものだ。」
相手の言葉をその半ばで遮ったアズサは、キササゲを冷たい目で見下ろした。
「その方の働きぶりについては、記録を読ませてもらった。流石に、四天王に選ばれるだけのことは
あるようだな。しかし、分かっているとは思うが・・・不用意な軍紀違反が多過ぎる。」
「団長、それは―――――」
「残念ながら、現在この寒気団の戦績は惨々たるものだ。毎年、申し訳程度に出陣しては、春軍に
一蹴されてすごすごと引き下がってくる。これでは、鎧袖一触という形容さえおこがましいな。」
ここまで、口を挟もうとするキササゲのことを完全に無視していたアズサは、ここで手元の書付を
丸めるとそれを相手に向かって突き付けた。
「早急に“結果”を出さねばならん。そのためには、その方は一体何が必要だと思うか? 思うところを
述べてみよ。」
「え? えっと・・・そりゃ、もちろん。調練ってことになるんじゃありませんか?」
「その通りだ。」
恐る恐る答えたキササゲに向かって、アズサは重々しく頷いてみせた。
「団員の意識を変え、武術の厳しい訓練を施し、再びリュネルが“軍”として機能するように立て
直すのが私の急務である。・・・しかし、一方的に命令を下すだけで部下が動くと思ったら、
大間違いだ。それは、長年この寒気団にいるその方もよく存じておろう。」
「そりゃ、まあ・・・。」
「まずは、上官が率先して何事にも模範を示さねばな。それでこそ、部下たちも納得して辛い任務にも
耐えるというもの。・・・つまり、調練の度に逃げ出したり、平気で仕事を部下に押し付けて自らは
遊び呆けているような上官がこの寒気団にいてもらっては、困るということだな。」
「・・・・・・。」
ここで言葉を切ったアズサは、当初の威勢はどこへやら・・・すっかり小さくなってしまったキササゲに
鋭い視線を向けた。
「・・・私の言いたいことが、分かってきたか? ならば、部下たちのところに戻り同じ話をしてやれ。
・・・良いな?」
*
「団長に、申し上げたき儀がございます。」
「何か。」
肩を落としたキササゲとすれ違うようにして幕舎に入ってきたのは、銀縁の眼鏡をかけた青年だった。
キササゲの副官、マユミである。
初対面のアズサに向かって、その眼前に座るや否やマユミは斬り込むような言い方をした。
「先程の、団員皆を前にした所信表明についてです。団長は“目的達成のためには手段を選ぶな”と
申されましたが・・・あれは団長の本心でございますか?」
「本心である。そのことは、はっきりと言ったはずだが?」
「左様でございますか。・・・恐れながら、そのような言葉は、ここでは軽々しく口にされぬ方がよろしい
かと存じます。」
「ほう。何やら、奥歯に物が挟まったような言い様ではないか。私に気を遣うことはない。マユミよ、
申したき事があれば、今ここではっきりと申せ。」
「・・・・・・。私は、この寒気団の先行きについて一通りではない危惧を抱いております。」
しばらくの間躊躇う様子だったマユミは、やがて顔を上げた。挑むようにアズサの顔を睨み付け、ぐっと
膝を乗り出す。
「ご存知でしょうが、現在このリュネルは四分五裂の状態です。私は、その一番の原因は軍紀の弛みに
あると思っております。」
「ふむ。」
「先程団長が面接をされた、私の上官であるキササゲ様などはその典型! あのような方が四天王の
一員であるために、部下たちも悪影響を受けております。日頃から副官の私が口を酸っぱくして
申しても、どこ吹く風といった塩梅なのです。・・・そこへ持ってきて、団長のあのお言葉です。部下
たちの中には、軍紀違反が公に認められたと勘違いして羽目を外すものが多く出る可能性が
あります。そうなれば、この寒気団は本当におしまいです!」
「・・・・・・。」
「軍は、やはり軍紀が第一! それを守らずして、どうして軍と呼べましょう。・・・アズサ団長には
どうか、軍紀の遵守という大方針を団の皆に示していただきますよう、よろしくお願いいたします。」
(・・・・・・)
迸るようにここまで言い、大きく頭を下げたマユミの様子に、アズサは心の中で小さく溜息をついた。
どこの世界にもいるものだ。規則に対して緩過ぎる感覚を持つ者、そして規則に縛られて融通の
利かない者。どちらも、組織の一員としては不適格と言わざるを得ない。しかもその二人が、上官と
その副官という間柄だというのだから、さぞかし部下たちはやりにくかったに違いない。
確かに、マユミの指摘には一理あった。しかし、ここで軍紀を頭ごなしに部下に押し付けたところで、
事態は何も変わりはしない。却って無用な反発を招き、今後の寒気団の運営に支障を来たすだけだ。
(これも、長年団を放置していた“ツケ”ということか・・・)