チーム            6 

 −6−

その頃。旧ニカイアから直線距離にして五十リーグ以上離れた霊峰エルウィーズ山の頂上では、長く
続いた戦いの“決着”がつこうとしていた。

「なかなか、頑張るではないか。だがそれも、いつまで持つかな?」
「へっ・・・。余裕ぶっこいてねえで、かかって来いよ・・・。オレが相手、してやるぜ・・・?」
「ふん、減らず口を。その割には、足元がふらついているようだが?」
「・・・っと!」

新たに突き出された薙刀を身を捻って躱し、相手の襟首を掴んで地面に叩き付ける。首の骨の折れる
鈍い音と共に、相手が動かなくなる。足元にちらりと目をやったセンジュは、上空を見上げると不敵な
態度で手招きをしてみせた。しかし、肩で息をするその様子には疲労の色が濃い。

(ちっと・・・まずいかな)

周囲には、既に討ち取られた自分の部下が、そこかしこに倒れ伏している。同じく返り討ちにされた
春軍の数の方が多いものの、冬の精霊で立っているのは既にセンジュ一人になっていた。それを
取り巻くのは、春軍の最精鋭・・・春一番隊の隊員たちだった。

「・・・ったく、もてる男ってのは、ツラいもんだよな・・・。あんたらも、オレにこだわってるなんて・・・
よっぽどヒマなんだろ。・・・とっとと、団長の所へ行ったらどうなんだ? きっと、歓迎してもらえるぜ
・・・?」
「何、簡単なことだ。リュネルは、団長が強大な術力を身に付けて返り咲いたそうだな。士気が上がって
いる所へ雁首揃えて本格攻勢をかけるほど、我等は愚かではない。この地にそれほどの魅力は
ないが、まずは団長の片腕である貴様から血祭りに上げ・・・リュネルを崩壊に追い込むのが目的だ。」

(けっ・・・。まだ、“片腕”になるって決めたわけじゃねえのによ・・・)

頬を歪めたセンジュは、小さく肩を竦めてみせた。
例年であれば、春軍はこの霊峰を素通りして、北大陸上空で待ち構える冬軍各寒気団の主力と交戦
するはずだった。たとえ霊峰を陥落させたところで、この厳しい気候では春軍がこの地を確保するのは
至難の業だからだ。
しかし、今年の春軍西部方面軍は、全力でこの霊峰の陥落を狙ってきたのだった。先鋒として
押し寄せた春一番隊。その背後には、主力部隊が控えているはずだ。万が一自分がこの窮地を
脱したとしても、生きて北都に戻れる可能性はまずない。

(あの時・・・もうちっと、素直にしときゃよかったかな・・・)

例年にない、春軍の襲来。それを察知した時点で咄嗟に遣わした伝令は、無事ニカイアの本営に
届いただろうか。ただでも軍としての体裁をなしていない所へ、団長の返り咲きという悪条件が重なって
いるのだ。軍が整うまでには、下手をしたら数日がかかる可能性もある。・・・それも、アズサが霊峰の
救援を決定してくれたら、の話だ。

(偉そうなこと、言っちまったからな・・・。逃げ出すわけには、いかねえよな・・・)

束の間俯いたセンジュは、やがて決意を露にした表情で再び上空の春一番隊を見上げた。
どうせ、戻れないのなら。せめて指揮官を道連れにして、派手に死に花を咲かせてやる。

「来ねえなら・・・こっちから行くぜ!」
「よかろう! 受けて立つぞ!!」

ここまで抜くことのなかった、冬軍の象徴である刀。抜き身を構え、地面を蹴ったセンジュは一直線に
相手へと突っ込んでいった。

(あと一撃・・・もってくれよ・・・!)

腰だめに薙刀を構えた隊長が、それを鋭く横に払う。その最初の一撃で、無情にも刀はセンジュの
手を離れ、遥か下にある霊峰の斜面へと落ちていった。

(ダメ、か―――――)

目を閉じるセンジュ。次の瞬間、自分の体は相手の返す刀で真っ二つになる・・・はずだった。

バキイィィィン!!

その刹那、稲妻のように二人の間に割って入ってきた影が、相手の薙刀を弾き返した。

「何奴!!」
「団長・・・!」
「どうやら、間に合ったようだな。」
「ええい、たった一人の増援が何になる! 者ども、かかれ!!」

不敵な笑みを浮かべたアズサが、センジュを庇うようにして七星刀『破軍』を構える。そして、間髪
入れずに斬り込んできた春軍二人を、瞬く間に切り捨てた。

「さあ! かかってこい、春軍ども!! 我はリュネル寒気団団長アズサ!! 後詰が到着
するまで、ここはなんとしても守らせてもらう!!」

「おのれ、もう一息だったものを・・・! 団長自らが出てきてしまっては、勝ち目は薄い! 退け、
退けえ!!」


歯軋りをした隊長の声に、二人の周囲を取り巻いていた春軍が雪崩を打って退却していく。アズサに
背負われるような形で霊峰の頂上に降り立ったセンジュは、そのままその場に崩れるようにして
座り込んだ。

「追っ付け、救援が到着するはずだ。それまで、今しばらくの辛抱だ。」
「もうちっと、早く来てくれたら・・・助かったんですけどね。」
「ああ、分かっている。これも、私の身から出た錆。こやつらの家族には、私が頭を下げよう。」
「・・・・・・。」

動かないセンジュの部下たちを眺めながら、アズサが言う。しばらくして、地面に座り込んだままの
センジュがぽつりと呟いた。

「本当は、来てくれないかと思ってましたよ・・・。」
「何だと? それは、どういうことだ。」
「いや、ほら・・・。あの時、あんなこと言っちまったし・・・。見殺しにされても、文句は言えないと
―――――」
「馬鹿を申すな。私が団長に返り咲いたからには、兵卒の一人に至るまで団員は私の家族も同然。
何があろうと、こうしてそれを救うのに何の躊躇いがあろう。」
「団長・・・。」
「よく、一人で耐え抜いたな、センジュよ。流石は四天王筆頭! 感服したぞ。」

(・・・・・・)

肩越しにちらりと振り向いたアズサが、センジュに向かって笑いかけた。その笑顔が、たちまちのうちに
滲んでぼやけていく。
自分が、冬軍に入ってもう五十年以上が経っていた。こうして若年ながら四天王の筆頭まで登りつめ、
既に地位も名誉も手に入れることに成功した。そんな自分が、唯一これまで手に入れることができ
なかったもの。・・・それは、命を捨てても惜しくないと思える上官の存在だった。そしてそれは、今・・・
自分の目の前にあった。
そうだ。まだ自分は、相手に対して言うべきことがある。
拳で涙を拭ったセンジュは、居住まいを正すと改まった様子でアズサに呼びかけた。

「・・・団長。」
「どうした?」

振り向いたアズサに向かって、真剣そのものの表情になったセンジュは地面に両手をついた。次いで
頭を下げると、腹の底から声を出す。

「リュネル寒気団、四天王筆頭センジュ。ここに、生涯アズサ団長に忠誠を捧げることを誓います。」
「そうか。・・・かたじけない。」

顔を上げたセンジュが、にやりと笑う。その手をとったアズサも、不敵な表情で笑い返した。
これが、「落ち零れ」の集団であるリュネル寒気団の、復活の狼煙が上がった瞬間だった。


はしがき

「季節の精霊フェア」(笑)第1弾は、アズサが団長に復帰した直後の話になりました。当時のリュネル
にはこのように四天王が揃っていましたが、その後二番手のカエデは退役(後任がミズメ)、三番手の
キササゲが出奔(後任がミズキ)、四番手のナギが軍医になった(後任なし)ために、筆頭のセンジュを
除いてそのメンバーは総入れ替えという形になります。
なお、この文中では微妙な表現をされていますが、カリンはです。念のため(邪笑)。