GARDEN PARTY
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初めに顔を合わせたのは、一人の男だった。
(・・・?)
石造りの流し台を磨いていたヴェインは、ふと人の気配を感じて目を上げた。
台所の入り口には、金髪の男が立っていた。外見は三十前後で、やや小太りの体型をしている。
(あいつ・・・誰も入れるなって言ったのに・・・)
自分の持ち場である調理場を荒らされるのが、ヴェインは何より嫌いだった。特に、これから「婚礼の
ための料理」という大事な仕事が控えている今は、尚更だ。
ヴェインの内心の苛立ちを知ってか知らずか・・・腕を組んでこちらを眺めていた相手が、ここで
感心したように口を開いた。
「へえ・・・。最初に、流しを磨くところから始めるなんて・・・やっぱり、一流の料理人は違うなあ。」
「別に。あっちにカビ、こっちにホコリじゃあ、料理する気にならねえだけさ。・・・で、あんたは?」
「あ、ごめんごめん。名前も言わないでいきなり話しかけるなんて、失礼だったね。」
流し台から身を起こし、腰に手を当てて相手を睨み付ける。しかし、そんなヴェインの険のある態度に
頓着することなく、にっこりと笑った男が手を差し出した。

「ぼくはフィリック。学院の教授で、閃影術研究室の主任をやってる。」
「教授?」
「今回アベル君と結婚するのは、ぼくの古い友人でね。昔、学院の同級生だったんだよ・・・そう言えば、
術の研究に協力してもらったこともあったっけ。」
「学院? 術?」
初めて聞く言葉の連続に、目を白黒させるヴェイン。その様子に、フィリックと名乗った相手が首を
捻った。
「あれ? アベル君から、何も聞いてないのかい?」
「あいつからは、ただ結婚するとだけ・・・。相手の名前も、まだ知らなくて。」
「ふーん。・・・ギリギリまで伏せておいて、驚かせるつもりかな。」
「それで? その教授先生が、わざわざ台所まで何の用ですか?」
ヴェインの斜に構えた台詞に、フィリックは苦笑いした。
「そんな顔をしないでよ。別に、君の邪魔をしようと思ってここに来たわけじゃないんだ。」
「じゃ、なんなんです?」
「ぼくはね。君にも、このパーティを楽しんでもらいたいと思ってね。」
「俺にも・・・?」
「そうだよ。」
相手の意外な言葉に、ヴェインは目をぱちくりさせた。
「このパーティはね、その昔・・・ぼくらの同窓会として始まったものでね。今回はたまたまアベル君の
婚礼と重なったわけだけど、普段はぼくが料理を担当しているんだ。」
「へえ、あんたが。・・・つまり、今回は自分の役目を横取りされて、面白くないってわけですか。」
「そうじゃないよ。アベル君たちにとっては大きな晴れ舞台なんだから、料理はちゃんとした人に
担当してもらった方がいいに決まってるじゃないか。家庭料理に毛の生えたような、ぼくのじゃ
なくってさ。」
「さっきから・・・一体、何が言いたいんです?」
「君は、パルミでも指折りの料理店に勤めていたんだってね。だから、料理については何の問題も
ないと思ってる。でも、十人からの料理を作っていたら、それだけで手一杯で、パーティにはとても
顔を出せないだろう。」
「あ・・・。」
「君の親友の婚礼なんだよ? それじゃ、あまりにも寂しいじゃないか。」
確かに、相手の言う通りだった。
もちろん、勤め先だった『龍仙閣』でも多人数が参加する宴会が開かれることはしょっちゅうで、実際に
その料理を担当したこともある。しかし、それはあくまで「共同作業」の一環であり、何から何まで全てを
一人でこなすのは難しいだろう。このままだと、自分一人が蚊帳の外、という事態にもなりかねない。
「さっきも言ったけど、普段の同窓会ではぼくが料理を担当しているんだ。君ほどの腕前はないと
思うけど、多人数にも慣れてるし・・・材料の下拵えとか、手伝いくらいはできると思うんだ。
・・・必要なら、遠慮なく声をかけて欲しくてね。それを言っておこうと思って、ここに来たんだよ。」
「そ・・・そうだったんですか。」
頭を掻いたヴェインに向かって、笑顔の相手が頷いた。
「ぼくは客間にいるから。何かあったら、すぐに呼んでくれて構わないからね。」
「はい。その・・・ありがとうございます。」
「いやいや、どうせ暇だからね。・・・じゃ、頑張って。」
片目を瞑った相手は、笑顔でヴェインの肩を叩くと台所を出ていった。その後姿を見送っていた
ヴェインは、ここで微かな違和感を感じたのだった。
(・・・?)