GARDEN PARTY              7 

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こうして、アベルとシゼリアの婚礼は大盛況のうちに幕を閉じた。
既に時刻は深夜。庭に置かれたテーブルを囲んでいるのはヴェインの他、竜王テラとフェムの姉妹、
シゼリア、ルクレティア、ジークリートの六人だけだった。他の面々は、あるいは寝室に引き取り、
あるいは客間のソファーで熟睡・・・といった具合。今日の主役のはずのアベルも、とっくに酔い
潰れてテーブルの上に突っ伏してしまっている。
しばらくして、頬を染めたシゼリアがぽつりと言った。

「楽しかったねー。みんなには、感謝してもしきれないなぁ・・・。」
「当然だ。その分、幸せになるのが二人の義務だぞ。分かってるのか?」
「もちろん、わかってるよジーク。」

呂律の怪しくなっているジークリートに視線を向けられて、シゼリアは微かに苦笑いを浮かべた。
その横で、ルクレティアが溜息混じりに言う。

「それにしても、残念ねえ。ここに、エルとアルがいればね・・・。」
「仕方ないだろう。あいつらの気持ちも分かる・・・今しばらくは、そっとしておくしかあるまい。」
「そうよね。・・・でもさ、二人も不運よね。こんな豪勢な同窓会、今までになかったわよ。」
「そうそう、お料理も最高! ホント、あなたに来てもらってよかった!」
「それは、賛成だな。最後まで何を食べているのか、判らないものもあったのが気になるが・・・。」
「もう、ジークったら! それが、料理人の腕ってものよ。」
「そうですか? へへ、頑張った甲斐が―――――」

一同に一斉に笑顔を向けられて、照れ隠しに笑いを浮かべるヴェイン。その刹那、その隣に座って
いたフェムがやおらヴェインに抱き付いた。

「そうだぞー!! あたし、おまえが気に入った! おまえをヨメにもらってやる!!」
「おお、爆弾発言! テラ、聞いた? 今の。」
「姉さん。それ、逆でしょ・・・。」
「テラさん。お姉さんは、酒乱なんですか?」
「普段はしっかりしているんだけど・・・。お酒が入ると、どうもねえ・・・。」

執拗にしがみ付いてくるフェムを払い除けながら、苦笑いを浮かべたヴェインが言う。こちらも苦笑した
テラは、テーブルの上に置かれていたグラスを口に運んだ。

「それにしても・・・。シゼリアさん、お酒強いんですね。」
「ふふ。ガウ君だって、なかなかのものじゃない。あたしとここまで張り合った人、初めてだよ。」
「へえ・・・。うわばみのシーザに、そこまで言わせるなんてね。」
「いえ、別に。これって、家系みたいで・・・家族はみんな酒豪なんですよ。」

集まった面々の中では、シゼリアが一番酒に強かった。
こうして食事もあらかた終わった時点でまだ酒を飲み続けているのはシゼリアとテラの二人だけで、
他の面々は酒に対しては人並みの耐性なのだろう。

「ところで、シゼリアさん。一つ、訊きたいことがあるんですが。」

話が一段落したところで、ヴェインが改めてシゼリアに向き直った。

「シーザでいいよ。・・・で、なに?」
「結局、こいつからは聞きそびれちゃいまして。・・・アベルとは、どうやって知りあったんですか?」
「あー、その話かあ・・・。」

頷いたシゼリアは、少し遠い目をした。

「あたしは、アベルのお父さん・・・カスクっていう人に育てられたの。けど、小さい頃に離ればなれに
なっちゃって・・・。」
「・・・・・・。」
「好きだったんだ。でも、結局死ぬまでに一度しか会えなくて。・・・アベルとは、パルミで偶然会ったん
だけど・・・最初顔を見たときは、カスクが生き返ったと思ったもん。それで、一目ボレ。」
「・・・すいません。なんか、辛いこと言わせちゃったみたいで・・・。」
「ううん、そんなことないよ。」

頭を下げたヴェインに向かって、シゼリアは笑顔で首を振った。

「あなたは、どうなの?」
「え?」
「好きな人とか、いないのかって訊いてるの。」
「え・・・あ。いや、俺は・・・」
「ふーん。何だか怪しい反応ねえ。ほれほれ、白状しなさい。」

それまで黙っていたルクレティアが、ここで口を挟んだ。慌てた素振りのヴェインに向かって、にんまりと
笑う。

「ティア、あまりいじめちゃかわいそうよ。」
「ははっ、陛下のご下命とあらば。」
「もう。」

おどけた様子で敬礼の仕草をするルクレティア。苦笑したテラが、ヴェインに顔を向けた。

「ヴェインさん。今日の婚礼・・・あなたも楽しんでくれたかしら。」
「え?」
「あなたの、親友の婚礼だったのよ? ・・・わたしたちだけが楽しんだんじゃ、あなたに悪いものね。」

仕事として料理を選んでからの八年間。周りは皆ライバルで、毎日ぴりぴりした緊張感の中で過ごして
きた。故郷の家族からも、学校時代の友人からも離れて一人・・・孤独な日々を送ってきたのだ。
思えば、こんなに気楽に料理に取り組めたのは、本当に久しぶりのような気がする。
何を得られる訳でもない、金にも名誉にも縁のない、親友のためだけに作った心尽くしの料理。しかし、
そのために費やした数時間は、今でもヴェインの中で黄金のように煌いている。
料理とは、こんなに楽しいものだったろうか。今日ここに来て、それを改めて発見できたような気が
する。

(礼を言うのは・・・こっちかもな)

穏やかな表情で頷いたヴェインに向かって、テラが微笑んだ。

「ねえ、ヴェインさん。一つ、相談があるんだけど。」
「なんですか?」
「もし、良かったらなんだけど・・・。私たちの、宮廷の料理長を引き受けてくれないかしら。」
「りょ・・・料理長!?」
「ええ。」

目を剥くヴェイン。笑顔で頷いたテラは、ここでちょろっと舌を出した。

「本音を言うとね。わたし、あなたのお料理のファンになっちゃって。」
「はあ・・・。」
「もうすぐ、宮廷の料理長が引退することになってて。後任を誰にしようか、迷っていたところなの。」
「でも・・・その、俺なんかで、いいんですか?」
「それは心配ない。ここに集まった、私たち全員が推薦するのだからな。」
「そうだぞー! あたしが気に入ったんだからなー、文句いうやつはたたっきってやるー♪」
「姉さん! お願いだから、剣はやめて!」

腕組みをしたジークリートが、大きく頷いた。その隣、今度は鞘ごと剣を振り回し始めたフェムから、
シゼリアが素早くそれを取り上げる。

「アベルから、あなたのことは色々と聞いているの。訳あって今は故郷に帰れないことや、この婚礼の
ために仕事をなくしてしまったことも。」
「なんだ・・・知ってたんですか。」
「ええ。罪滅ぼし・・・というわけじゃないけど、考えてもらえないかしら。」

願ってもない申し出だった。竜王を初めとした、個性豊かで気が置けない“仲間”たちの中で、毎日
心行くまで料理に打ち込めるのだ。新しい発見や、今の自分からは思いもよらないような出来事も、
数え切れないほどあるに違いない。そのことを思うと、今から胸がワクワクする。
答えは、初めから決まっていた。

「・・・・・・。わかりました。行きましょう。」
「本当! 嬉しい。」
「その代わり・・・と言っちゃなんですが。一つ、条件があります。」
「ええ。何かしら?」
「その話、何年か待ってもらえないですかね。」
「え?」

小首を傾げたテラに向かって、ヴェインは片目を瞑ってみせた。

「まだ、北大陸で勉強したいと思っていることがあるんです。大体、いくら気に入ったからって・・・毎日
アルバ料理ばかりじゃ、すぐ飽きちまいますよ。」
「ふふ。言われてみれば、それは確かにそうかもね。」
「それに、親父とお袋には・・・一度ちゃんと、話をしておきたいんです。許してもらえるとは思って
いませんが、それが“けじめ”ってヤツだと思うんですよ。」
「・・・そうね。それは、あなたの言う通りだわ。」

何か、思い当たることがあったのだろうか。ヴェインの言葉の途中からしんみりした表情を浮かべて
いたテラは、ややあってにっこりと笑った。

「その気になったら、俺はここに戻ってきます。・・・その時まで、待っていてもらえませんか。」
「分かったわ。あなたを宮廷に迎えられる日を、楽しみに待たせてもらうわね。」
「はい!」

差し出されたテラの手を、しっかりと握り返すヴェイン。その様子に、一座には明るい笑いが広がった。
ヴェインが南大陸に渡り、約束通り宮廷の料理長を任されたのは、この五年後のこと。竜術士ではない
人間が南大陸に留まるのは、フェスタの歴史上初めての例だったが・・・そのバラエティーに富んだ
料理の数々は、彼の生涯を通じて国の内外で絶大な賞賛を博した。その影響はフェスタの家庭料理と
いう形で、今日まで広くその姿を留めている。




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