ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ
プロローグ
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エピローグ
−2−
竜都コーセルテルは、外敵の侵入を阻むため険しい山に囲まれている。そのため、コーセルテルの
住人たちにとって、その中央に存在する湖は水源として非常に重要な存在であり、その守護を任せる
ため、コーセルテルの成立に際して外部からまだ幼い水精が連れて来られることになった。
こうして、今日まで湖は無事にその機能を果たしてきたのだった。嵐の中でも荒れることなく、また
日照りが続いてもその水量はいつもと変わらず・・・まさに、守護精霊の役目は完璧に果たされてきたと
言えるだろう。しかし、そのことと精霊本人の気持ちとは、必ずしも同じではなかったのだ・・・。
ぱしゃん。
今日もいつも通りの佇まいを見せる湖畔の一角。いつものように所在無げに佇んでいた湖の守護精霊
アルファライラは、湖面を眺めながら小さな溜息をついた。半ば無意識のうちに操られた湖水が彼女の
周囲を巡り、あるいはまた湖面へと戻っていく。
長い前髪・・・そしてその俯きがちな姿勢から、表情は窺い知ることは難しい。
(はあ・・・今日はトレント様、遅いだなぁ・・・)
湖面に広がる波紋が、いつしか人の姿を形作る・・・そして、それはやがて彼女の待ち侘びている
相手の姿へと変わった。
(・・・・・・)
「いやー、男前だねえ。それ、ひょっとして僕?」
「・・・!!??」
肩越しにひょいと湖面を覗き込んだトレントの声に、物思いに沈んでいたアルファライラは思わず飛び
上がった。その拍子に、彼女の力で保たれていた水上の肖像は跡形もなく消散する。
「もう照れちゃうなあ、これが本当の『水も滴るイイ男』って・・・あれ、どしたの?」
「おっ、おどっ、おどっ・・・」
「なになに? 『おどろかさないでください』?」
真っ赤な顔になっていたアルファライラは、トレントのからかいを含んだ問いかけに必至になって
こくこくと頷いた。
「あー、ごめんごめん。別に驚かせたつもりはなかったんだけど・・・」
「あのっ、ト・・・トレント様っ、・・・いつも、言っ、言って・・・」
「はい、ストーップ!」
アルファライラの言葉をその半ばで遮ったトレントは、指を一本立てるとそれを彼女の顔の前で振って
みせた。
「ダメだなあ、“様”はやめてくれって言ってるじゃないか。はい、言い直し。」
「えっ・・・と、・・・ト・・・レント?」
「声が小さーい。それに、なんだいその疑問符は。はい、もう一度!」
「・・・トレント。」
「・・・うん、まあよしとしよう。」
真っ赤になりながらも、辛うじて言われた通りの名前を口にすることに成功したアルファライラの
様子に、トレントはにっこりすると傍の土手に大の字になって身を投げ出した。その拍子に、近くに
咲いていたタンポポの綿毛が飛び散り・・・初夏の微風に乗って何処かへと運ばれていく。二人は
それを黙って見守った。
しばらくして、トレントがポツリと呟いた。
「あーあ。・・・ここはいつ来て落ち着くなあ。」
「そ・・・そうだべか?」
「うん。・・・もう家には帰らないで、ずっとここにいたいよ。」
「それはいけねえだ。トレントさ・・・は、いつか竜都にお帰りにならねえといけねえ方だべ。」
危うくまた“様”と口にしそうになり、慌ててそれを飲み込むアルファライラ。そんな彼女の様子を
にやにやしながら見つめていたトレントは、やがて視線を外すと寂しげに笑ったのだった。
「・・・そう、そうなんだよね。いや、今のは冗談、冗談さ・・・。」