ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ
プロローグ
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エピローグ
−4−
翌日。
前日と同じように、授業終了と同時に教室を飛び出そうとしたトレントは、教室の扉を開けたところで
待ち構えていたガウスに腕を掴まれた。トレントはそれを振りほどこうともがいたが、地竜であるガウス
相手にそれは叶わなかった。
「おい、ガウス・・・痛いってば。離せよ。」
「そういう訳には参りません。」
「へえ・・・ついに実力行使ってワケ? ・・・昨日言ったじゃないか、今のコーセルテルに危険なところ
なんて・・・」
「そうではありません。」
ガウスの只ならぬ様子に、トレントの表情も引き締まった。
「まさか・・・」
「はい。竜王様が遂に病の床に・・・長老達による会議の結果、トレント様・・・貴方が次期竜王に選ばれ
ました。」
「僕が・・・? 一体どうして・・・!」
「説明している暇はありません。急いで支度をなさってください・・・継承の儀は明日の予定です。
今日中にロアノークに戻って頂かなくてはなりません。」
「そんな、急な・・・」
「トレント様!」
背後では、トレントのクラスメートたちが事の成り行きを固唾を呑んで見守っている。ガウスは掴んで
いたトレントの腕を引き寄せると、真剣な表情でトレントの目をまっすぐに覗き込んだ。
「問題は、既に貴方一人の物ではないのです! 世界の半分以上を治めている我等真竜族にとって、
“竜王”の存在は絶対・・・もし一日でもその存在が欠けるようなことがあれば、支配下の諸民族の
動向はもとより、自然界のバランスにも大きな影響を与えます。・・・貴方もご存知でしょう、『空白の
十年間』の間、世界がどれほど自然災害による被害を被ったかは!!」
「それは分かってる。分かってるんだ! だけど、僕にだって・・・」
「それは、世界の半分を放り出してでもするべき事なのですか!? ・・・お願いです! どうか私に、
最後の手段を取らせないでください!!」
「・・・くっ!!」
(こんな時に・・・!!)
しばらくの間ガウスと睨み合っていたトレントは、やがて諦めたように肩を落とした。心なしかホッとした
様子を見せるガウス・・・そんなガウスに向かって、トレントはポケットから小さな包みを取り出した。
「分かった、行くよ・・・。代わりに・・・と言っちゃ何だけど、お前に最後に頼みが一つある。聞いて
くれるか・・・?」
*
(トレント様・・・まだだべか・・・)
アルファライラはぼんやりと湖面を眺めていた。もう時刻は四時をとっくに回り、そろそろ太陽の色が
変わろうとする頃・・・普段だったらとっくに顔を見せているはずのトレントは、まだ現れない。
ふと、土手の上に人の気配を感じたアルファライラは、ぱっと顔を輝かせるとそちらを振り向いた。
しかし、そこに立っていたのはトレントではなく壮年の男性だった。
(違う・・・)
表情をすっと翳らせたアルファライラは、いつものように姿を消した。トレント以外で彼女に近付く
相手は、必ず悪意を持っていることが分かっていたからだ。
土手を降り、湖畔に立った壮年の男性は、その大きな耳からどうやら竜人であることが見て取れた。
しばらくの間周囲を眺めていた相手は、やがて大きな声でアルファライラの名を呼んだ。
「アルファライラ殿・・・守護精霊のアルファライラ殿はおられるか! 私はガウス、トレント様の代理で
参った者だ! 姿を見せて頂きたい!」
(トレント様・・・の)
ややあって、アルファライラは湖水上にその姿を現した。彼女を認めたガウスは、そちらへと歩を
進めながら声をかけた。
「アルファライラ殿か?」
「・・・はい。」
「お会い出来て良かった。私は地竜ガウス、トレント様・・・いや、竜王イリュアス様の教育係を務める
為、本国からコーセルテルに派遣されていた者だ。」
「・・・イリュアス?」
「そうだ。イリュアス様は既に、暗竜同調術で本国のロアノークにお戻りになった。もう戻られる事は
無い・・・私は、イリュアス様から託された物を貴女に渡す為にこちらに・・・」
言いながらガウスが胸元から取り出したのは、アクアマリンをあしらった髪飾りだった。呆然としている
アルファライラに髪飾りを手渡すと、ガウスは小さく会釈して帰りかけた。
「では・・・。」
「待って・・・待ってください。」
「・・・まだ、何か?」
我に帰ったアルファライラは、慌ててガウスを呼び止めた。
「トレント様・・・は、他に何か・・・言っていませんでしたか!?」
「いや、別に何も・・・聞いてはいないが。」
「そんな・・・」
そんなはずはない。彼は確かに言ったのだ・・・「明日、言わねばならないことがある」と。もし、彼が何も
言わなかったとすれば、それは恐らく―――――
唇を噛んで立ち尽くしていたアルファライラは、やがて目を上げるとガウスに向かって静かに告げた。
「あなたに、私からも・・・一つお願いがあります。」
「・・・何だろうか。私に出来ることなら、なんなりと。」
「夕刻・・・もう一度、ここへ来てください。その時に・・・」
こう言うと、アルファライラはガウスの返事も聞かずに姿を消した。