ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ  プロローグ      3      エピローグ

 −3−

『おい、なんだよその変なしゃべり方は!』
『ダサいわねぇ・・・何でコーセルテルにあんたみたいな田舎者がいるのよ。』
『こっちへ来ないで頂戴。・・・田舎臭さが移るじゃないの。』

アルファライラは、ミガンティクのフレーシア湖の出身だった。コーセルテル成立に際し、時の竜王から
守護精霊としての素質を見込まれて湖の守護を任され、意気揚々と承諾したまでは良かったが・・・結果は
惨めだった。故郷の言葉の訛りと、野暮ったい外見を周囲から馬鹿にされ続けるうちに、いつしか彼女は
他人に対して心を閉ざすようになっていった。

それからおよそ五百年が経ち・・・ある日、彼女の前に一人の青年が現れた。
その青年は、毎日欠かさず湖畔にやって来ては、そこで日没までの長い時間を一人きりで過ごすのだった。
本を読んだり、昼寝をしたりと彼の時間の過ごし方は様々だった・・・だが、一番多かったのは、土手に
寝転んでただ空を眺めていることだった。それも、飽きもせず何時間でも。

《一体、何を見てるんだべか・・・》

青年の視線の先が気になったアルファライラは、ある日思い切って青年の隣に寝転んで空を眺めたの
だった。

《なんにも・・・ねえべな。・・・空はきれいだけんども・・・》

青年の視線の先には、何もなかった。しかし、下ばかり見て過ごすようになって久しいアルファライラに
とって、青空を見上げるというのは久しぶりのことだった。

《・・・・・・》

しばしの間うっとりと空を眺めていたアルファライラは、次の瞬間その右手を青年に握られて飛び上がらん
ばかりに驚いた。姿は消していたはずだったのに・・・慌てて隣に寝ていたはずの青年の方に目をやると、
そこには輝くような笑顔があった。

『やっと捕まえた。』
『・・・!!』
『ずっと・・・君と話をしたかったんだ。』

この瞬間、アルファライラは自らの固く凍り付いていた心が融けていくのを感じたのだった。


  *


「もしかすっと、竜都に戻るのが嫌なんだべか? 竜王様になるのが・・・」

空を見上げたまま黙り込んでしまったトレントに向かって、アルファライラはおずおずと声をかけた。
その声にトレントは僅かに上体を起こすと頭の後ろで腕を組んだ。

「どうかな。・・・みんなに期待されるってのは悪くないよ。」
「・・・・・・。」
「ただなぁ・・・今までみたいに自由気ままな生活を送れなくなるってのがどうもね。もし竜王に選ばれ
たら一生モノだし・・・よっぽどのことがない限り、生きてる間はずっと竜王のままだろうからね。」

初夏の爽やかな微風が二人を巡り、湖面に微かな波紋を形作る。
自分の言葉に黙って耳を傾けているアルファライラに向かって、トレントは軽く頷いてみせた。

「折角こっちに来てからできた友達や、レナとも別れなきゃいけないってのもキツいな。もちろん、
一番の悩みは・・・」

ここで、トレントは視線をアルファライラに向けた。

「ライラ、君にもう会えなくなるってことだけどね。」
「お・・・おらと!?」
「そうだよ。・・・あれ、どうしたのさ真っ赤になって。」
「そんな・・・お、おらなんかよりきれいな人も、頭のいい人もたくさんいるべ。なして、おらなんかと・・・」
「・・・もう、分かってないなぁ。」

再び真っ赤になり、湖面に“のの字”を書いているアルファライラを、トレントは微笑ましげに見守った。

「まあでも、敢えて言わせてもらうなら・・・その前髪は何とかしたほうがいいかもね。」
「え・・・?」
「せっかくのきれいな瞳が見えないんじゃ台無しだろう?」
「・・・っ!!!」
「そうだなあ・・・よし、決めた! 帰りに、君に似合う髪飾りを探してみるよ。まだ店は開いてる
だろうしね。」
「そんな、悪い・・・」
「はいはい。善は急げって言うしね、ちょっと早いけど・・・今日はもう帰ることにするよ。」

言いながら立ち上がり、服についた草の葉を払いながらトレントはアルファライラに向かってにっこり
した。

「それじゃ、また明日。学校が終わったらまた来るよ・・・その時、髪飾りを渡すからね。それと、君には
改めて言っておかなくちゃいけないこともあるし・・・楽しみにしてなさい。」
「・・・“言っておかなくちゃいけないこと”?」
「野暮なこと言わせないでよ、『君に会えなくなると寂しい』理由だよ。」
「あ・・・あの・・・はあ。」
「じゃね。」

こうしてトレントは笑顔で手を振ると、傾きかけた陽の元湖畔を後にした。そして、アルファライラは
上気した表情でその後姿を見守ったのだった。


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