私の人生  プロローグ  1          エピローグ

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「―――――ッ!!」

ベッドの上にがばっと跳ね起きたトレベスは、しばらくの間肩で息をしていた。

(・・・夢?)

傍らにある窓からは、穏やかな朝陽が差し込んでいる。時折、設えられたカーテンを微風が揺らし、
寝室の中に外の空気を運び込んでくる。
湿った土の匂い、花の香り。それを感じることで、ようやく落ち着いた気分になれた。
自分の家、自分の寝室。いつもと変わらない、穏やかな朝だ。

(あれは―――――)

思い返せば、どうということのない夢に思える。小さい頃は、ああやって船に乗って世界を巡る・・・という
夢を抱いていたのは事実だったし、夢の中に何かおかしい部分があったわけではない。
いや、一つだけあった。あの乗船券だ。
・・・しかし何故、自分はあれほどの恐怖を抱いたのだろうか。
「真っ白な切符」は、本来希望の象徴だった。これからの、自分の未来の無限の可能性。それを示す
ものとして、好意的に捉えられるべきもののはずだ。

(・・・・・・)

トレベスが考え込んだとき、廊下を歩く軽い足音がした。ややあって、寝室のドアが軽くノックされ、
一人の女性が顔を覗かせた。
深緑の、ワンピース風のドレス。年の頃は、二十台後半といった感じだろうか。鮮やかな緑の髪を肩の
辺りでまとめた相手は、既にベッドの上に起き上がっているトレベスを目にしてちょっと驚いた表情を
浮かべた。

「おはよう、トレベス。今日は早いのね。」
「ああ。ちょっと、変な夢を見て目が覚めた。」
「そう。・・・あ、朝ごはんの用意ができたから、声をかけようと思って。」
「おう。悪いな、―――――」
「?」

ベッドから出ようとしていたトレベスは、ここで顔を引き攣らせた。
相手の名前が、出てこない。

(・・・!?)

長い間、この家で共に暮らしてきた間柄だ。そして、自分は相手にとって「父」と呼んでもいいはずの
人間なのだ。・・・そういったことは分かるのだが、何故か相手の名前だけが、きれいに抜け落ちて
しまっているのだ。

「トレベス・・・?」
「ああ、いや。すぐに行くから、先に降りててくれるか。」
「あ・・・うん。」

不思議そうに首を傾げていた相手が、頷くと寝室を出ていく。階段を下りる足音を聞きながら、
トレベスは深い溜息をつくと自分の頭を軽く拳で叩いた。
思ったより早く、ここまで来てしまった。手遅れにならないうちに、手を打った方がいいのだろう。
ベッドから降り、普段着に着替える。最後に、自分のシンボルマークとでも言うべき木の葉を模った
ブローチを手にしたトレベスは、ちょっと考えるとそれを机の上に戻し、寝室を出ていったのだった。


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