私の人生  プロローグ      3      エピローグ

 −3−

「大事な話がある。手が空いたら、客間に来てくれないか。」

術士であるトレベスから唐突にそう告げられたのは、ちょうど夕食が終わろうとする頃だった。
一体、“大事な話”とは何のことだろうか。心の中で首を傾げながらも、頷いたリアは言われた通り
一通りの家事を片付けると、客間へと向かった。

「それで、トレベス。話って何?」
「来たな。・・・まあ、座れ。」

窓の外は、既に漆黒の闇だった。リアに背を向ける格好で窓から外を眺めていたトレベスは、
振り返りもせずにそれだけを言った。
言葉通りリアは客間のソファに腰を下ろすと、トレベスの後姿に目をやった。
最近、トレベスはめっきり歳を取ったと思う。白髪の目立つようになった髪、一回り縮んだように思える
身体。そう、そして・・・今年に入ってからは、めっきり口数も少なくなり、何よりあれほど好きだった
カードゲームをしなくなったのだ。それはやはり、親友だった水竜術士の死と何か関係があるの
だろうか。それとも―――――

「突然で悪いが、俺は術士を辞めることにした。」
「・・・え?」

物思いに沈んでいたリアは、トレベスの唐突な言葉に弾かれたように顔を上げた。そんなリアには
お構いなしに、トレベスが言葉を続ける。

「今日限り、このコーセルテルから出ていくつもりだ。」
「ちょ・・・ちょっと待ってよ! そんな、急に言われたって・・・こっちにも、色々と準備ってものが
あるのよ! 里に帰ってるロンドたちに、別れも言わずに出ていくつもり!?」
「・・・・・・。」
「それに、次の木竜術士候補がコーセルテルに来たとき、あなたがいないんじゃ・・・一体誰が木竜術を
教えてあげられるって言うの!? 術士を辞めるなら辞めるで、色々と手続きがあるし、外界に家も
探さないと・・・どっちにしても、今すぐってのは無理よ!」
「・・・・・・。」
「大体、今日限りって・・・今はもう夜よ!? 風竜に送ってもらうにしたって、今すぐ発つなんて・・・
無茶もいいところだわ!」

ソファから立ち上がったリアは、トレベスの傍らに歩み寄ると、必死な形相で食って掛かった。
「術士を辞め、外界で暮らす」。・・・いつかはこの言葉がトレベスの口から出ることは、リアも覚悟して
いた。このコーセルテルで術士として活躍した人間たちの約三分の一は、こうして引退後に外の世界
へと戻っていく。そうした者たちからの情報が、コーセルテルを守るのに大きく役立っているのも事実
だった。
考えてみれば、ロンドたちを予め里に帰したのも、こうしてコーセルテルから出ていくための準備と
受け取れないこともない。しかしそれは、今ではないはずだ。
動揺を隠せないリアに向かって、トレベスは静かにこう言っただけだった。

「悪いが、そういう意味じゃない。」
「じゃあ、どういう意味よ!」
「・・・俺の行く先は、外界じゃない。」
「じゃあ―――――」

どこよ、と言いかけてリアは瞬時に青ざめた。残された可能性・・・自らの育てた子竜たちとの別れ、
術士を辞するに当たっての数々の手続きを一切省くことができる、ただ一つの場合に思い当たった
からだ。

「本気で・・・。本気で、そんなことを言ってるの!?」
「ああ。俺は正気だぜ。」
「ふざけないで!!」

顔を真っ赤にしたリアは、思わずトレベスの胸元を掴んだ。相手を睨み付け、大声で言う。

「こうやって、あなたはピンピンしてるじゃないの!! どうして、そんな―――――」
「リア。お前だって、とうに気付いているはずだ。・・・俺はもう、ろくに計算もできない。まともな会話が
できなくなるのも、時間の問題だ。」
「そんな・・・こと・・・」
「じゃあ、あれほど仲の悪かったチャオのところに足繁く通ってるのは、どうしてなんだ? 木竜である
お前が、木竜術士である俺に隠れてしなきゃならないことが・・・他に何かあるのか?」
「・・・・・・。」

図星を指され、俯いたリアは黙り込んだ。
トレベスの言ったことは、全てが事実だった。トレベスの物忘れが目立ち始めたのは去年のことで、
今年に入ってからは住み慣れたはずのこのコーセルテルの中で、道に迷うという失態まで演じたのだ。
出迎えた自分に見せたトレベスの自嘲の表情を、リアは今でも忘れることができなかった。
だから、竜王の竜術士であるチャオに相談した。昔から二人は決して仲のいい間柄ではなかったが、
他に今、このコーセルテルで木竜術を遣いこなすことのできる術士はいない。背に腹は代えられ
なかったのだ。
リアの必死な気持ちが分かったのだろう・・・何だかんだと嫌味を言いながらも、チャオも真剣に相談に
乗ってくれていた。しかし、肝心のトレベスの治療法については、未だにこれといったものは見付けられ
ないままだった。
俯いたままのリアを軽く抱いたトレベスが、その髪を優しく撫でた。

「決めたのは、今朝のことだ。」
「・・・?」
「ついに、お前の名前が出てこなくなってさ。・・・トトに言われて、やっと思い出したんだ。」
「トレベス・・・」
「竜人化術の維持と強化のため、竜術士は竜の名を呼ぶ。それさえできないんじゃ、どっちにしろ
竜術士の資格はないわけだろ。・・・だから、辞めるんだ。他の奴に言われる前にさ。」
「・・・・・・。」
「分かって、くれるな・・・?」

(トレベス・・・)

ゆっくりと顔を上げたリアは、溢れる涙を拭おうともせずにこくりと頷いた。それを見たトレベスが、
満足そうに微笑んだ。

「よし。それでこそ、俺の補佐竜だ。」
「・・・・・・。」
「最後に一つ、お前に頼みがある。・・・聞いてくれるか?」
「なに・・・?」
「お前の木竜術で・・・俺を殺してくれ。」
「!!??」


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