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私の人生


 −プロローグ−

気付くと自分は、船の上にいた。
かなりの大きさの帆船である。装備も上等で、豪華客船という表現が相応しい。
目の前の岸壁には、見送りと思しき大勢の人々の姿があった。遠くで、他の船の出航を告げる銅鑼の
音が鳴り響く。
そうだ。これは、幼い頃に見た港の風景だ。トレベスは、不意にそのことに気付いた。
まだ、自分がほんの子供だった頃。毎日毎日、飽きもせずにパルミ港に行ってはこうして船の出入りを
眺めたものだった。
家庭などというものは、なかった。父は有能なカジノのディーラーで、夜の仕事に備えて日中はベッド
から出てきたことがない。母の顔は、元より知らない。裕福な暮らしではあったが、そこに温かみは
まるでなかった。
そして、その父の突然の死。カジノでの諍いが原因だったと後で聞かされたが、トレベスはそのことを
少しも信じていなかった。
父は、篤実過ぎたのだ。この世界で生きていくには、あまりに正直で融通が利かなかった。だから、
殺された。
父と同じ道を選んだのは、それが悔しかったからだ。
負ければ、死。それが、この業界で生きている人間にとっての共通の認識だった。だから、自分は
生き残るために何でもやった。そのために、他の人間が犠牲になったこともあったろう。しかし、それを
今まで思い悩んだことはない。

ふと、トレベスは自分が一本のリボンを手にしていることに気付いた。
出航する船を見送る際、乗客と見送りの人間が互いにリボンを持ち、それが千切れるまで手を
振り合う。出航を祝い、別れを惜しむための・・・港にありがちな、ありふれた慣例だった。
一体、このリボンの反対側を持っているのは誰だろう。岸壁の人ごみの中に目を凝らそうとして
トレベスはふと、この船の行き先が気になった。
ここがパルミ港なのはいい。しかし、自分はここからどこへ行くつもりで、この船に乗ったのか。
いやそもそも、何故自分は今ここにいるのだろうか。確か自分は今―――――

(・・・!)

ポケットを探っていた手が、小さな紙片に行き当たる。リボンを手放さないように注意しながら、
トレベスはそれを引っ張り出した。

「な・・・なんだ、こりゃ・・・」

紙片には、何も書かれてはいなかった。
この船の行き先、船室の番号、乗船運賃。そういった記述が何もない、単に真っ白な紙片なのだ。
しかし、それが確かにこの船の乗船券であることは、なぜか分かるのだった。
急に怖くなった。一体自分は、どこへ行こうと・・・いや、連れて行かれようとしているのだろう。
降りなければ。
タラップの方をトレベスが振り向いた瞬間、船が動き出した。ゆっくりと岸壁から離れ、港の入り口へと
船首を向ける。それに従って、周囲の人間たちの持つリボンが一斉に千切れ始めた。

「待て! 待ってくれ!!」

トレベスが大声を上げたとき、手にしていたリボンがぷつりと切れた。


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