MOON RIVER      3         

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王の間は、宮殿の奥まった一角にあった。

「アリゼ・マリティム副頭首、ノルテ様をお連れ致しました。」

カリストの声に、広間にいた大勢の夏の精霊たちの視線が、一斉にノルテへと向けられる。その中を進み出たノルテは、その場に跪くと玉座に向かって拝礼した。

「ご無沙汰をしておりました、陛下。」
「おお、ノルテ!」

懐かしい声。玉座から立ち、階段を下りてくるセレネの姿は、ノルテの記憶の中の若き日のアリシアと瓜二つだった。そのセレネが、満面の笑みでノルテを抱き締める。

「よくぞ、夏の都へ来てくれました。貴方に再会できて、これ程嬉しいことはありません。」
「いえ・・・、陛下・・・。・・・その、私も・・・です。」
「アリシア殿のことは、とても残念に思っています。・・・辛い日々に、よく耐えてきましたね、ノルテ。」
「・・・・・・。」

限界だった。たちまちのうちに、涙で視界が霞む。感極まった様子のノルテを今一度抱き締めると、セレネは周囲の夏の精霊たちに向き直った。

「皆に、紹介しましょう。この者は、地竜のノルテ。今から二十年以上前にコーセルテルを訪れた際に知り合い、その類稀なる武力と胆力を称えて、当時空席だったアリゼ・マリティムの副頭首の証を、私が授けました。」

セレネの言葉に、場が大きくざわめく。
夏の都、その中枢であるはずの王の間に、こうして堂々と他種族が入り込んでいるという現実に対する憤慨。近衛隊の副頭首として認められたと言うが、一体どれだけの実力を具えているものなのか、という疑念。何より、王の戯言だと思っていた“双璧”が実在した、ということに対する驚き。漏れ聞こえてくる夏の精霊たちの呟きに込められた感情は、実に様々だった。

「今回の訪問を受けて、私は兼任していたアリゼ・マリティムの頭首の座を、正式にノルテに受け継いでもらうつもりです。」
「お待ちください、陛下!」

セレネの言葉が終わるや否や、苛立たしげな声が上がった。
続いてセレネとノルテの前に立ったのは、まだ若い二人組の夏の精霊だった。身に付けている軍装、そして携えている槍は立派なもので、恐らく夏軍でも身分のある立場なのだろう。

「ネレウス、それにペリアス。何か、言いたいことがあるのですか?」
「当然です!! そのような新参者を、よりによって夏軍の誇る近衛隊の頭首に据えるなど・・・陛下は正気ですか!?」
「それに、そいつは精霊ではないと言うではありませんか! どこの馬の骨とも分からない余所者に、陛下の身辺警護という大役を任せるなんて、俺は反対です!」

二人は、ノルテのことを憎々しげに睨み付けながら、セレネに向かって盛んに唾を飛ばした。その顔立ち、背格好は非常によく似ており、近しい縁者であることが窺える。

「つまり、お前たち二人は・・・私の認めた相手が気に入らない、ということなのですね?」
「う・・・。しかし、陛下。夏の精霊ではない者が夏軍の要職に就くなど、前例が・・・。」
「そ、そうです。・・・だ、大体、陛下がお会いになられたのは、何十年も前とか。今現在、どれ程の武力があるのかも怪しいわけで・・・。」
「待て。その点ならば、私が保証しよう。」

怒気を孕んだセレネの言葉に、ネレウスとペリアスがたじたじとなる。そこへ口を挟んだのは、隣でここまでの遣り取りを黙って聞いていたディオネだった。

「皆も聞いてくれ。私は先程、ノルテ殿と実際に立ち合った。・・・その実力、確かに夏軍の頭首として相応しいとお見受けした。」
「な・・・おい、ディオネ! お前、何のつもりだ!」
「何とは、慮外な。これは、私の偽らざる本音ぞ。疑うならば、貴殿ら兄弟も実際に立ち合ってみるがいい。」
「けっ、最弱シャマールの頭首が偉そうに・・・。・・・まあいい。おいお前! 今すぐここで、我々と立ち合え!」
「そ・・・そうだッ! 竜だか何だか知らんが、すぐに化けの皮を剥いでやるぜ!」
「だ、そうだ。いかがかな、ノルテ殿。」

にやりと笑ったディオネに目配せをされ、頷いたノルテは傍らに立っていたセレネの方へと向き直った。

「陛下。立ち合いのお許しを、いただけますか?」
「でも、ノルテ・・・。貴方はそれで、良いのですか?」
「その方が、皆さんも納得されると思いますが。」
「・・・・・・。そうね、その方が話が早いかしら。」

しばらく考える風だったセレネは、やがて笑顔になると一つ頷いた。次いで、朗々とした声で周囲に呼びかける。

「双方の願いを容れ、只今から近衛隊アリゼ・マリティム副頭首ノルテと、第六頭ギブリ頭首ネレウス、並びに第七頭シロッコ頭首ペリアスとの立ち合いを行う。裁定は、夏の精霊王セレネ自らが執り行う。各自、武人の名に恥じる行為は慎み、立ち合いの後に遺恨を残さぬこと。」

セレネの言葉の間に、玉座の前は広く空けられ、立ち合いのための空間が作られていた。どうやら、夏の精霊たちの間では、こうした武術の腕比べが行われるのは日常茶飯事のようだった。
二人と向かい合って立ったノルテは、改めてネレウス、ペリアス兄弟の様子をじっくりと観察した。
二人とも、武術の腕はかなりのものだ。先程戦ったディオネよりは確実に上で、旧知の仲であるフェーン頭首テーセウスをも凌ぐかも知れない。しかし、それだけだった。精神的にも未熟で、戦場で指揮官として兵を預けるには不安が残る。それは、多分に若さのせいだろう。
そこまで見て取った上で、ノルテは二人とセレネを等分に見ながら言った。

「一つ、提案があるのですが。」
「ふん、何を今更。まさか、怖気づいたと言うのではないだろうな?」
「一人ずつ相手をすると、時間がかかります。可能ならば、あなた方の相手を、同時にしたいのですが。」
「な・・・何だと、貴様ッ!! 俺たちじゃ、相手にとって不足だとでも言おうってのかッ!!」
「はい。その通りです。」
「くッ・・・こいつ、澄ました顔でしゃあしゃあと・・・ッ!! 陛下ッ、構いませんな!?」
「良いでしょう。ノルテの提案を認めます。」

そう言って頷いたセレネに一礼すると、ノルテは携えていた大剣を鞘に収めたままで構えた。その様子に、ネレウスとペリアスが面食らった顔になる。

「おい! それは一体、何のつもりだ!?」
「他意はありません。無駄な流血を、避けようと思いまして。」
「ふ・・・ふざけやがって!! 言っとくが、それで俺たちが手加減すると思ったら、大間違いだからなッ!!」
「御託は結構です。・・・来なさいッ!!」

裂帛の気合が、王の間を震わせる。一瞬びくりと身を竦ませた二人が、次の瞬間にはその槍の穂先を揃えて突っ込んできた。
流れるような連続攻撃。流石は兄弟ということなのか、二人の呼吸もぴったりで隙は見られない。その全てを、ノルテは紙一重で見切り、かわしていった。

「どうした、攻撃してこないのか。避けてばかりじゃ勝負にならんぞ!」

互いの位置が入れ替わったところで、ネレウスが言う。勝ち誇った様子の相手に向かって、ノルテは冷静に切り返した。

「・・・今の攻撃で、あなた方の力量は、全て見切りました。」
「ふん、負け惜しみかよ。悔しかったら、俺たちから一本取ってみるんだな!」
「よろしい。では、参ります。」

ペリアスの言葉に頷いたノルテが、床を蹴って二人へと迫る。その予想外の疾さに慌てて槍を構えたネレウスに向かって、ノルテは大上段から剣を振り下ろした。

「ネレウス。あなたの槍は速いですが、軽いところが欠点です。重量のある攻撃を受けると―――――」
「なッ・・・ぐッ!」
「・・・脇が、がら空きになります。」
「がはぁッ!!」
「あ、兄者ッ!! おのれ、この・・・ぐえぇぇッ!!」

ノルテの攻撃を受け止めたネレウスが、次の瞬間その脇腹に強烈な一撃を食らい、近くの柱へと叩き付けられる。思わず兄の方へ目をやったペリアスは、次の瞬間その鳩尾に強烈な一撃を受けて吹き飛ばされることになった。

「ペリアス。あなたは、兄の動きに気を取られ過ぎています。・・・戦場で肉親を喪うことは、珍しくありません。冷静さを失わぬ鍛錬が、あなたには必要です。」
「う・・・く・・・―――――ッ!」

ここで、起き上がろうともがいていたペリアスの動きが止まり、その首ががくりと垂れ下がる。大剣を退いたノルテは、何事もなかったように周囲に向かって呼びかけた。

「二人の手当てを。急所は外したので、明日には起き上がれるでしょう。」

ここまで、僅か数秒の出来事だった。
ノルテが言葉を切った瞬間、死んだように静まり返っていた王の間は、賞賛の大きなどよめきに包まれた。その中を進み出たノルテに向かって、セレネが笑顔で大きく頷く。

「見事です、ノルテ。また、腕を上げましたね。」
「ありがとうございます、陛下。」
「ここまでの見事な勝利には、是非とも褒美を与えなければなりませんね。積もる話もありますし、私の部屋にいらっしゃい。・・・テーセウス。あなたはテミス、ディオネと共に、引き続きこの場にて、事態の収拾に向けた方策を模索するように。後程、報告を聞きましょう。」
「はっ。かしこまりました。」

傍らに立っていたテーセウスにそう命じると、セレネは玉座の脇にある通路へと姿を消した。ここで周囲に向かって一礼したノルテは、カリストの先導でセレネの後を追ったのだった。


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