風のレジェンズ  プロローグ    2        エピローグ

 −2−

「ご・・・ちそうさま。」
「どう? おいしかった?」
「あ・・・ええ。・・・とっても。」
「そう、よかった! じゃ、次はデザート作ってくるから、待っててね!」
「あ、そこまで気つかわんと・・・」

アレクの必死の懇願にも拘わらず、皿を受け取った少女・・・エカテリーナはスキップしながら部屋を
出ていった。

ここは、エカテリーナがアレクを連れてきた家の一室だった。この家自体がかなりの高所に建てられて
いるらしく、窓からの眺めが素晴らしい。
エカテリーナの言っていた“ケガの手当て”は、副木を当ててベッドで安静にする・・・という基本的な
ものだった。ただ、その過程で彼女が使った「種」は、道具に関する知識が豊富なはずのアレクにも
心当たりのないものだった。
エカテリーナがその種をアレクの両足の上に翳した途端、激痛が嘘のように消えたのだった。折れた
骨が元通りになったわけではなかったが、こうして痛みを完全に消すことのできる術を、アレクは
今までに見たことがなかった。
そして無事に手当ても終わり、次はごく自然に食事ということになったのだが・・・エカテリーナの手製
だという料理は、これまた別の意味で今までにアレクが見たことのないものだった。今までの冒険の
旅で培った鉄の自制心で、その全てを笑顔で平らげたアレクだったが・・・そろそろそれも限界だった。

「しっかし・・・あんた、すごい根性だな。」

エカテリーナの姿が見えなくなるのを待ちかねたように、ベッドの傍らに立っていた銀髪の青年が
感心した様子で口を開いた。

「母さんの作ったものを、顔色一つ変えずに全部食べたのはあんたが初めてじゃないかな。」
「そ・・・そうなんか?」
「ああ。有名なんだぜ、母さんの作るもんは。免疫ができてないヤツが食べると必ず腹を壊すってな・・・
なあレナート。」
「うん。あ、母さんにも悪気があるわけじゃないから・・・」
「分かっとる。悪気があってやられたら、それこそたまらんわ。」

(免疫なぁ。・・・やれやれ、次はどないなもんが出てくるんやろな・・・)

「おっと、自己紹介がまだだったな。」

エカテリーナの“デザート”のことを考え、冴えない表情を浮かべたアレクに向かって、青年はにやりと
笑った。

「オレはフリストフォール・・・みんなにはフリストって呼ばれてる。で、こいつがレナート、あっちに
座ってるのがルフィーナだ。」
「どうも。」
「ボクはアレク。よろしゅうに。」

フリストフォールの隣に立っていたレナートという少年は、人の良さそうな笑顔でアレクに向かって頭を
下げた。だが、もう一人・・・ルフィーナと呼ばれた相手からは何の返事も返ってこない。
フリストフォールの視線の先に顔を向けたアレクの目に映ったのは、椅子に腰かけたこちらも銀髪の
少女の姿だった。裁縫道具を手にしたその小柄な少女は、ぎこちない動作で膝の上に広げた衣類を
繕っていた。眉を寄せ、ひっきりなしに唸り声を上げていることから見ても、どうやらこうした仕事は
苦手なようである。

「ほな、この家に住んどるんは・・・エカテリーナさんと、君たち三人なんか?」
「いや。あと二人・・・ローザにエマっていう女の子がいる。ローザは今コゼリィさんのとこに行ってる
けど、エマは台所で母さんの料理を手伝ってるんじゃないかな。」
「ローザと、エマ・・・なぁ。」
「ん・・・どうしたんだ?」
「いや、キミはフリストフォール君やろ? なんや、名前の長さが随分違うと・・・」

アレクのこの言葉に、フリストフォールはレナートと顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。

「・・・母さんのせいなんだよ。」
「母さん? エカテリーナさんのことか?」
「ああ。オレたちの名前をつけたのは母さんなんだ。」

首を傾げたアレクに向かって、フリストフォールは肩を竦めてみせた。

「オレのときは初めてだろ? だから、気合入れて長い名前をつけたらしいけど・・・」
「だんだんと、呼ぶのが面倒になってきたんだって。だから、その後は少しずつ短い名前をつけるように
なったんだ。」
「ひどい話だよな。自分で決めた名前なのにさ。」
「まあ、そこが母さんらしいんだけど・・・。」
「言えてるな!」
「へえ。・・・でも、名前をつけたってことは、キミたちとエカテリーナさんは・・・」
「できたぁ!」

笑い合った二人にエカテリーナのことを尋ねようとしたアレクは、突然部屋の反対側から聞こえてきた
大声にそちらを振り向いた。
声の主はルフィーナだった。繕い物を終え、大きく伸びをしている彼女に向かって、腰に手を当てた
フリストフォールがにやにやしながら声をかける。

「おう、ずいぶんかかったじゃないか。」
「まあね。でも、その分今回は会心のできよ!」
「どうだか。そう言って、口のない枕カバーを作ったのは誰だったっけ?」
「へーんだ! そういうことは、これを見てから・・・って、あれ?」

フリストフォールに向かってあかんべえをしてみせたルフィーナは、ここで得意そうに繕い物を三人の
方に向かって突き付けようとし・・・突然青ざめた。瞬時に何が起こったのかを見抜いたアレクは、手を
額に当てると溜息をついた。

(あちゃー・・・)

膝の上に置いていたからか、ルフィーナは繕い物を自分のズボンに縫い付けてしまったのだった。
裁縫に慣れていない人間にありがちなミスであり、もちろんアレクにも遠い昔に同じ経験があった。

「ど・・・どうしよう、これ・・・」
「そりゃ・・・全部ほどくしかないんじゃない?」

レナートのこの至極もっともな言葉に、ルフィーナは渋々椅子に座り直すと、折角の“苦心作”を自分の
ズボンから解き始めた。しかし、三目も進まないうちに糸が「ぶちっ」という音を立てて切れ、癇癪を
起こしたルフィーナはそのまま力任せに繕い物を自分のズボンから引き千切ってしまった。
大きな穴の開いたルフィーナのズボンを目にして、フリストフォールが腹を抱えて笑い出す。

「お、おい・・・ルフィーナ! それが・・・“会心のでき”か!」
「ぐ・・・」
「お前もいい加減鈍いよな! それくらい、縫ってる間に普通気付くだろ!!」
「な・・・何よ!! ボタンを全部服の裏側につけちゃったフリスト兄さんに言われたくないわよ!!」
「な・・・なんだとお!?」
「何よ!!」

(やれやれ・・・)

今にも掴み合いになりそうな二人の様子に、アレクは溜息をついた。
どうやら、この家の人間はエカテリーナを初めとして皆こうした“家事”が苦手なようだった。結局、誰に
任せるにしてもまた大変なことになるに違いない。
・・・それならば、得意な人間がそれを引き受ければいいわけである。

「えーと・・・レナート君、やったかな?」
「・・・はい?」
「多分、その辺にボクの荷物があると思うんやけど・・・それ、ここへ持ってきてくれんか?」
「アレクさんの荷物・・・。あ! あのカバン!」
「そう、それや。」
「分かったけど・・・どうするの?」
「すぐ分かる。悪いけど、頼むわ。」

首を傾げながら部屋を出て行ったレナートは、程なくしてアレクのリュックサックを抱えて戻ってきた。
その中から愛用の裁縫道具を取り出したアレクは、赤い顔をして睨み合いを続けていたフリスト
フォールとルフィーナに向かって声をかけた。

「それ、貸してみ。ボクが繕ったる。」
『え?』

振り向いた二人は、アレクのこの予想外の申し出に目をぱちくりさせた。
差し出された繕い物とルフィーナのズボンを、アレクは瞬く間に縫い上げた。その華麗な針捌きに、
食い入るようにその様子を見ていた三人は口々に賞賛の言葉を口にした。

「アレクさん・・・すごい!」
「驚いたな。人は見かけによらないってか。」
「こういうの、得意なんですか?」

目を輝かせたルフィーナに、アレクは仕上がったズボンを手渡しながら頷いた。

「ああ。昔から、こういうのが好きやったんや。」
「へえー。すごいな、尊敬しちゃう・・・」
「あ、それからな。」
「?」

仕上がった繕い物をためつすがめつしていた三人は、アレクの言葉に一斉に振り向いた。

「こんな足やから、しばらくはここに厄介になるわけやろ? その間、何もせんのは気が引けるし・・・
よかったら、繕い物はボクに任せてもらえんやろか?」
「え!? いいんですか!?」
「どうせ、足がこんなじゃベッドにおるより仕方ないしな。ほんなら、何かできることをさせてもらうわ。」

ここまで言ったアレクは、三人の服を眺め渡して苦笑いを浮かべた。

「ほんまのことを言うとな。キミたちが着とる服も・・・ほつれが多くてな、気になってたんや。」
「・・・・・・。」

三人が恥ずかしそうに顔を見合わせた次の瞬間、家を揺るがす震動と盛大な爆発音、そして何かが
砕ける音が階下から響いてきた。ややあって部屋の入り口に顔を覗かせたのは、まだ年端も行かない
女の子だった。
先程の“爆発”に巻き込まれたのだろう・・・顔に煤を付けたままの女の子は、フリストフォールを
見付けると手招きをした。

「お兄ちゃん、ちょっと来て! 母さんが・・・」
「・・・またやったのか。しょうがねえなあ。」

(・・・“また”・・・?)

「じゃ、ちょっと様子を見てくる。」

心底うんざりした表情を浮かべたフリストフォールは、溜息をつくと女の子の後から階下へと降りて
いった。しかし、少なくとも驚いた様子は見せておらず、そこは仰天してその場で固まったアレクとは
対照的だった。残った二人も平気な顔をしており、どうやらこうした騒ぎはこの家では日常茶飯事
らしかった。

「い・・・今のは・・・?」
「母さんが、料理してたんでしょ? きっと、それで失敗したんじゃないかな。」
「今回は何を作ろうとしてたんだろうね。」
「さあ・・・」

こうして、顔を見合わせたルフィーナとレナートの様子に、アレクはがっくりと肩を落としたのだった。

(あぁ・・・先が思いやられるわ・・・)


風のレジェンズ(3)へ