風のレジェンズ  プロローグ          5  エピローグ

 −5−

「一体、どういうことなのよ!」

ある日、家に戻るとアレクはいなくなっていた。
家を空けていたのは、ほんの一時間足らず。しかし、その僅かな間にアレクは跡形もなく姿を消して
しまったのだった。

「アレクは・・・アレクはどこなの!?」

血相を変えたエカテリーナを出迎えたのは、地竜術士のジリスだった。
ジリスは、その幅広い知識と公正な行動から現在の竜術士たちの取りまとめ役を務めていた。
コーセルテルで生まれ育ったエカテリーナにとっては父代わりと言ってもよい人物だったが、普段は
穏やかなジリスもこの日ばかりは厳しい表情を浮かべていた。

「それは、お前が一番よく分かっているはずだ・・・エカテリーナ。」
「なんのことよ! 全然わかんないわ!!」
「竜術士でない者は、この地に留まることは許されん。そして、あの男は竜術士になる気はなかった・・・
そうだな?」
「でも、だからって・・・そんな、勝手に・・・!!」
「勝手なのは、エカテリーナ・・・お前の方だろう!」

なかなか聞き分けないエカテリーナに、ジリスはここで声を荒げた。

「なぜ、あの男のことを私たちに報告しなかった!?」
「それ・・・は・・・」
「当初からこのことが分かっていれば、あの男を説得することができたかも知れん・・・コーセルテルに
留まり、竜術士になってくれるようにな。しかしお前はそれを怠ったばかりか、ここから・・・」
「仕方ないじゃない! 本人がイヤだって言ったんだから!!」
「エカテリーナ!」

溜息をついたジリスは、イヤイヤをするように首を振ったエカテリーナを前に困った表情を浮かべた。

「エカテリーナ・・・分かってくれ。コーセルテルが竜たちにとってどれほど大事な場所か、お前も知って
いるはずだ。我ら竜術士は、この地を守ることを最優先せねばならん・・・必要なら、どんな手段を
使ってもだ。」
「でも・・・」
「例えそれがどんなに小さくとも、コーセルテルの安全を脅かす可能性のあるものは排除せねば
ならん。・・・私情を挟むことは許されんのだ。」
「そんなことは、あたしだって・・・!」
「分かっているなら、もう何も言うな。私も、このようなことはしたくなかった。」
「ジリスさん!」
「・・・そうだ。一つ、言い忘れていたが・・・」

玄関前で立ち止まったジリスは、追い縋るエカテリーナに向かって無慈悲に言い放った。

「あの男の術資質については、その全てに封印を施させてもらった。・・・風の力を頼りにあの男を
捜そうと思っても、無駄なことだ。」
「・・・!!」
「無論、記憶も消させてもらった。この広い世界の中から、あの男を探し出すのはもう不可能だ。悪い
ことは言わん・・・諦めるんだ。」
「そんな・・・待って!!」

手を差し伸べたエカテリーナの前で、ドアが大きな音を立てて閉じられる。
拳を握り締め、ドアを睨み付けていたエカテリーナは・・・ここでハッとした。

(待って。どうしてジリスさんは、アレクが術士にならないって言ったのを知ってたの? ・・・アレクが、
一緒に来ないかって言ったことだって・・・!!)

これまでエカテリーナは、コーセルテルの他の住人たちにアレクのことを知られないように細心の
注意を払ってきたつもりだった。・・・誰か、自分のことを見張っていた人間がいたのか。
いや、そもそもどうやってここからアレクを外の世界へと追放したのかも疑わしい。こんな短い間で
あれば、風竜の協力は不可欠なはずだが・・・自分を含め、飛翔術を使える風竜がアレクの追放に
協力するはずがない。では、一体これはどういうことなのか。
あるいはうろたえ、あるいは泣きじゃくる風竜たちを見渡したエカテリーナは、補佐竜のフリストフォール
が一人だけそっぽを向いたままなのに気が付いた。

「・・・フリスト?」

深く考えて訊いた訳ではなかった。しかし、当然否定の言葉が返ってくると思っていたエカテリーナの
予想とは裏腹に・・・フリストフォールはゆっくりと頷いたのだった。

「そうさ。・・・オレが、ジリスさんに知らせたんだ。」


  *


「一体、どうしてなの!?」
「・・・・・・。」
「答えなさい、フリスト!!」

フリストフォールに詰め寄ったエカテリーナは、その肩を掴んで揺さぶった。
皆が苦労していた家事を一手に引き受けてくれていたアレク。彼は既にこの家になくてはならない
存在であり、風竜たちもそんな彼に感謝しこそすれ恨むようなことは考えられない。もちろん、明るく
闊達なアレクは風竜たちともよく気が合っており、喧嘩らしい喧嘩をしたこともなかった。
なぜ。どうして、フリストフォールはアレクのことをジリスに告げたのだろう。・・・エカテリーナには、
どうしても分からなかった。
知らないうちに、肩を掴む指に力が籠もる。そんなエカテリーナに向かって、フリストフォールはぼそりと
呟いた。・・・相変わらず、そっぽを向いたままだ。

「最初は、ちょっとしたイタズラ心だったんだ。」
「え・・・?」
「夜目を覚ましたら、あいつがいなくて・・・どこで何をしてるのか、気になった。それで、外へ探しに
いったんだ・・・」
「まさか・・・聞いてたの!?」
「あいつは!!」

ここで、エカテリーナの方を振り向いたフリストフォールは、逆にその肩を掴むとエカテリーナの目を
真っ直ぐに覗き込んだ。

「あいつは・・・母さんを、ここから連れ出そうとしてた! オレは・・・それが許せなかったんだ!」
「フリスト・・・」
「母さんは、本気だった! オレたちを置いて、ここから・・・コーセルテルから出ていくつもり
だったんだろ!?」

「え!?」
「そんな・・・」

フリストフォールの言葉に、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていたルフィーナたちが一斉に
エカテリーナを見る。その視線にたじろぐことなく、エカテリーナはフリストフォールを正面から
見据えた。

「それで、アレクのことをジリスさんに・・・」
「ああ、そうさ!!」
「フリスト、あなた・・・!!」
「母さん・・・いや、エカテリーナ! あんなヤツのどこがいいんだ!!」
「え・・・?」
「オレ・・・オレだって、母さんのこと・・・!!」

初めて自分の名前を呼ばれ、エカテリーナはうろたえた。自分を見つめるフリストフォールの表情は
真剣そのものであり、彼が本気なのはすぐに分かった。
エカテリーナの父は風竜だった。風竜術士は、数代毎に風竜の血を入れることでその系譜が絶える
ことを防いできたため、風竜と術士が恋仲になることも決して珍しくない。幼い頃から姉弟同然に
一緒に育ってきたフリストフォールが、エカテリーナに対してそうした気持ちを抱いていても不思議は
なかった。

(フリスト・・・)

しかし、それとこれとは別の問題だった。今のエカテリーナには、フリストフォールのしたことは許せる
ものではなかった。
フリストフォールから視線を外したエカテリーナは、そのまま彼に背を向けた。

「エカテリーナ!」
「フリスト・・・」

フリストフォールに背後から呼びかけられたエカテリーナは、小さな・・・しかし、はっきりした口調で
決別の言葉を告げた。

「聞いていたんでしょう? だったら、あたしの気持ちも分かっているはずよ・・・」
「・・・ッ!!」

エカテリーナの言葉に顔を赤くしたフリストフォールは、次の瞬間・・・身を翻すと玄関から外へと
飛び出していった。
心なしか肩を落としたエカテリーナに、べそをかいた風竜たちが一斉に縋り付く。

「ねえ・・・母さん、さっきの話・・・」
「さっき?」
「あたしたちを置いて、ここから出て行くって・・・」

風竜たちの顔を見渡したエカテリーナは、にっこりと微笑んだ。

「バカね。・・・あなたたちがいるのに、出て行くわけないじゃない。」

(でも・・・)

全ては自分の蒔いた種。それならば、自分で刈り取らなければならない。
風竜たちを抱き締めたエカテリーナの瞳には、決然たる意思の輝きがあった。

(きっと・・・いつかきっと、見つけてみせる!)


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