風のレジェンズ  プロローグ        4    エピローグ

 −4−

「そうだ。アレクは、どうして冒険者になったの?」
「ボクか?」

話が一段落したところで、エカテリーナは急にこんなことを言い出した。

「そうやなあ。・・・正直に答えたら、なんや笑われそうで怖いけどな。」
「笑わないって、約束する。」
「別にええよ。」

真面目な顔で両手を握り締めるエカテリーナ。アレクは苦笑すると、満天の星空を見上げた。

「小さい頃から・・・誰かに呼ばれてるような気がしてな。誰に、どこからか・・・はっきりとは分からへんの
やけど。」
「ふーん。」
「なんやよう言われへんけど・・・。自分はここにいてたらあかん・・・っていうんかなあ。いつも、そんな
感じがしてたんや。」
「・・・でもそれ、何となく分かるなあ。」
「え?」

頭を掻いたアレクに向かって、エカテリーナはにっこりした。

「あたしも、時々そう思うことがあるもん。」
「キミも?」
「うん。あたしは、このコーセルテルで生まれて・・・それからずっとここにいるの。こんな仕事してる
から、外に出たこともないし。」
「うん。」
「みんなのことは好きだよ。このコーセルテルも。・・・でも、一生ここにいなきゃいけないかもって思うと、
なんだか怖くなることがあるの。」
「そうか・・・。」
「あ、今のは・・・みんなにはないしょね!」
「分かっとる、分かっとる。」

エカテリーナの告白に、アレクは微笑んだ。
もしかしたら、自分が彼女に対して抱いていた親近感はこのせいなのかも知れない。考えてみれば、
自分とエカテリーナには随分と似ている部分が多いような気がする―――――

「あ・・・ねえ! アレクを呼んでたのって、もしかしたら・・・ここだったんじゃないの?」
「ん?」
「コーセルテルにはね、誰でも来れるってワケじゃないの。竜術士にふさわしい人しかここには来れ
ないんだ。・・・うん、きっとそうだよ!」
「さあ・・・どうやろな。」

ふと思い当たった可能性に目を輝かせるエカテリーナ。しかし、アレクは夜空を見上げたまま首を
傾げた。

「コーセルテルを目前にしたときは、確かにそんな気もしたんやけど・・・今は、よう分からんようになって
しもた。」
「ふーん。そっか・・・。」

エカテリーナの言葉を最後に、二人の間の会話はしばらくの間途切れた。
草原を、次々に風が吹き抜けては辺りの草を揺らしていく。アレクが家の外に出てきたときは、まだ
ムッとするような暑さだった空気も・・・夜半を過ぎ、ようやく涼しさが感じられるようになってきた。
しばらくして、エカテリーナがぽつりと呟いた。

「やっぱり・・・出て行くんだよね?」
「そうやな・・・いずれはな。ボクは、竜術士にはなられへん。」
「え・・・」

アレクの言葉を聞いたエカテリーナは、表情を翳らせると目を伏せた。その様子にアレクは慌てて手を
振った。

「あ、ちゃうちゃう。別に、竜が嫌いってことはないんやで。けどな・・・」
「けど?」
「術士になったら、ずっとここにおらなあかんのやろ。・・・それは、ボクには無理や。」
「・・・・・・。」

寂しそうな表情を浮かべ、エカテリーナは俯いた。
長い長い沈黙の後・・・口を開いたのは、今度はアレクの方だった。

「なあ。」
「?」
「もし、よかったらやけど・・・ボクと一緒に来えへんか?」
「・・・え!?」

アレクのこの意外な言葉に、エカテリーナはがばっと身を起こした。

「キミとなら・・・うまくやっていけそうな気がするんや。」
「でも・・・いいの!?」
「ああ。・・・もちろん、あの子たちを放っていくわけには行かんやろ、だから多少は待ってもええし・・・
なんなら外で落ち合ういうんも・・・」
「うれしい!」
「うわっ!!」

満面の笑みを浮かべたエカテリーナは、照れ隠しにぶつぶつと呟いていたアレクの首に抱き付いた。


  *


(アレクと・・・あれは、母さんか?)

家の上空から周囲を見回していたフリストフォールの目に、程なくして小さな黒い影が映った。家から
程近い草原の中央に並んだ人影・・・それが、二つ。
二人に気付かれないように、フリストフォールは気配を消すと風下からそっと近付いた。・・・「ボクと
一緒に来えへんか?」というアレクの声が聞こえたのは、そのときだった。

(一緒に来る・・・? 何の話だ?)

草原の周囲には、それを取り囲むようにして小さな林があった。その内の一本の梢に身を隠した
フリストフォールは、首を傾げるとアレクの言葉の意味を考え始めた。

(・・・・・・。・・・まさか!!)

アレクの言葉の意味に気付いた瞬間、フリストフォールは全身の血が引くような恐怖に襲われた。
視界の片隅では、嬉しそうに笑ったエカテリーナがアレクに抱き付き、何か言っている。しかし、そんな
二人の様子は既にフリストフォールの目には入らなくなっていた。

アレクは、竜術士にならずにコーセルテルから出ていく気だ。そして、母さんはそれについていく
つもりなんだ。
一体、どうしたらいいんだろう。このままでは、母さんは自分たちを捨ててここを出ていってしまう。
ルフィーナたちにもこのことを教えて、みんなで行かないように頼もうか。もしくは、力ずくでも・・・。
でも、母さんは自分一人でも飛ぶことができる。アレクと二人で外へ出ていくのは簡単だ・・・その気
さえあれば。
そして、母さんは今・・・きっと本気だ。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう―――――





(・・・そうだ!!)

それを止める手立ては、一つしかない。
頭を抱えていたフリストフォールは、身を隠していた木の梢から飛び出すと一路西へと向かった。
・・・それは、風竜術士の家とは反対の方向だった。


風のレジェンズ(5)へ