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風のレジェンズ


 −プロローグ−

「こんにちは、郵便です。」
「はーい!」

コーセルテル地区担当の郵便配達員ウィルフは、風竜術士の家のドアをノックするとその場で待った。
ややあって開かれたドアから顔を覗かせたのは、当代の風竜術士ミリュウの補佐竜であるジェン
だった。ウィルフの姿を認めたジェンは、にっこりすると勢いよく頭を下げる。

「あ、郵便屋さんだ! こんにちは〜!」
「やあ、こんにちは。はい、これ・・・」
「わあ、お手紙! 誰からですか?」
「えーと・・・あ、エカテリーナさんからですよ。」

手にしていた封筒をひっくり返し、差出人の名前を確認するウィルフ。この珍しい差出人の名前を
聞いて目を輝かせたジェンは、手紙を差し出したウィルフを置き去りにして家の中に駆け込んで
しまった。

「師匠ー! エカテ母さんから手紙が来たって〜!」
「あ、ちょっと・・・!」

ややあって、そのままの格好で固まっていたウィルフの前にミリュウ本人が姿を現した。もちろん
ジェンも一緒である。
この日のミリュウは、珍しくラフな格好だった。眼鏡こそかけているものの、ミリュウのもう一つの
トレードマークである白いベレー帽や、竜術士の象徴である肩布も身に付けていない。
その理由は、ウィルフを目にしたミリュウの寝ぼけた口調からも明らかだった。

「あー・・・おはよーございますー・・・。」
「おはよー・・・って、もうお昼だよ。もしかして、今まで寝てたのかい?」
「うん。昨日は、カディオからもらったお酒を少し・・・それで、ついさっき起きたところなんです。」

大きな欠伸をするミリュウ。ウィルフは、呆れた顔をすると腰に手を当てた。

「でも確か、君はお酒に弱いんだろう?」
「そうそう。だから、これでも気を付けて量は少なめにしたんですよ。」
「そうだよね〜。いつもだったら、三日は起きてこないもん!」
「三日って・・・。」

あっけらかんととんでもないことを言い放つジェン。思わず目を剥いたウィルフに向かって、ミリュウが
右手を差し出した。

「ところで、ボク宛の手紙があるって・・・」
「あ、そうだった。はい、これ。エカテリーナさんから。」
「へえ。珍しいな、あの人がボクに手紙をくれるなんて・・・」

手紙を受け取ったミリュウは、早速その封を切ると取り出した便箋に目を走らせた。その様子を、
後ろからジェンも背伸びして覗き込んでいる。

「もう、どれくらいになるかな・・・前に手紙をもらってから。」
「・・・お父さんのこと、何か書いてあるかい?」
「いや、なにも。当たりさわりのないことばかりです。・・・きっとカディオあたりが、“ボクが手紙が
来ないってへそ曲げた”って書いたんじゃないかな。それで、今回はボクにも手紙をくれたんだと
思いますけど・・・。」

いかにも“しょうがないな”といった口ぶりでミリュウは肩を竦めた。だが、その表情は台詞に反して
やはり嬉しそうだった。

「お父さんが、早く見付かるといいのにね。そうしたら、エカテリーナさんもここに戻ってくるかも
知れないし。」
「あ・・・はい。そうですね・・・」
「ミリュウのお父さんか・・・一体、どんな人だったんだろう。母さんは、君はエカテリーナさん似だって
言ってたけど。」
「・・・そうなんですか?」
「“そうなんですか”・・・?」

驚いたウィルフに向かって、ミリュウは困ったように頭を掻いた。

「実は、ボクも父さんのことはほとんど知らないんですよ。ボクが物心ついた頃には、もう父さんはここ
にはいませんでしたから。」
「でも、エカテリーナさんから・・・話は聞いているんだろう?」
「母さんは、父さんのことはほとんど話してくれませんでした。・・・後になってから、母さんの補佐だった
風竜から、ぽつぽつ話は聞きましたけど・・・。」

寂しそうな表情を浮かべたミリュウは、ここで言葉を切ると空を見上げた。連られてウィルフも空を
眺める。
早秋の、澄み切った青空。それが、見渡す限りどこまでも続いている。
しばらくして、ミリュウが一言ぽつりと呟いた。

「父さんも、母さんも・・・今頃、どこで何をしているんだろう。」


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