blue water
プロローグ
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エピローグ
−2−
ランバルスがウィンシーダを連れて行った“アジト”は、遺跡の北東の隅にあった。入り口は崩れかけた
壁によって巧妙に隠されており、よほど注意を払わないとその奥に通路が続いていることには気付か
ない。
「よう、遅かったじゃねえか。」
「ああ、ギルか。・・・ちょっとな。」
“アジト”の入り口でランバルスに声をかけたのは、鋭い目つきをした痩身の男だった。年齢は
ランバルスより一回り上だろうか・・・隙のない身のこなし、そして纏っているそれとない威厳から、
ウィンシーダはこの男がリーダーだと見当をつけた。
ギルと呼ばれたその男は、ランバルスの肩に手を置くと楽しそうに言葉を続ける。
「どうせ、またどこぞの壁画にでも見入ってたんだろ。お前の遺跡好きは筋金入りだからなあ・・・もう
少し、その熱意で俺たちの“仕事”を手伝ってくれるとありがてえんだが・・・」
「悪かったな。」
「ま、いいさ・・・どうせこんなところに踏み込んでくる物好きなんてそうそういねえだろうしな。」
「それが・・・いたんだよ。」
「あん?」
ランバルスの言葉に眉を寄せた相手は、次いでランプの光の輪の中に進み出たウィンシーダの姿を
認めると口笛を吹いた。
「ひゅーっ。どうしたんだこれ・・・えれえ上玉じゃねえか。」
「じょ・・・上玉!?」
「たまにはお前の遺跡散策も役に立つってか。おいみんな、ランバルスがすげえものを掘り出して
きたぜ!」
ギルフォードの言葉に、アジトの中で思い思いの作業に没頭していた男たちが顔を上げた・・・その数
凡そ十人。その半数は思いもよらない相手(侵入者がいただけでも驚きなのに、なんと女である)の
出現に戸惑い、そして残りの半数はウィンシーダの容姿に見とれてぽかんと口を開けているのが、
蝋燭の薄暗い灯りの中でもはっきりと見て取れた。
「ほら、自己紹介しろ。」
「ええ。」
ランバルスに促され、ウィンシーダは男たちの前に進み出るとぺこりと一礼した。
「・・・みなさん、初めまして。私はウィンシーダ・ベアトリクス、フェスタの王立竜都大学で言語学の
教授をしています。今日は研究の資料を集めにこの遺跡に入ったところを、そこのランバルスに
見付かってここまで連れてこられました。以後、よろしくお願いします。」
「あっ・・・ああ。」
「こちらこそ・・・」
このちっとも“捕虜”らしくない堂々とした態度の自己紹介に、男たちは呆気に取られた様子で
もごもごと返事をし、ギルフォードは楽しそうににやっと笑った。もちろん、ウィンシーダのこうした
性格を既に嫌というほど見せ付けられているランバルスはそっぽを向いて渋い顔をしている。
「へえ・・・ベアトリクス博士っていやあ、言語学の世界的権威じゃねえか。」
「そ・・・そうなのか?」
「そうだ。もっとも・・・女だっていうのは俺も初耳だがな。」
入り口付近の壁にもたれかかっていたギルフォードは、“世界的権威”という言葉を聞いて驚いた顔に
なったランバルスに向かって頷いた。そして、ウィンシーダの方に歩み寄るとその目をじっと覗き込む。
「お嬢さん・・・堂に入った自己紹介をありがとう。感服したぜ。」
「お褒めに預かり光栄だわ。・・・それで、これから私はどうなるのかしら?」
「そうだな。・・・もう想像はついているだろうが、俺たちの仕事はいわゆる“何でも屋”だ。人を殺したり
傷つけたりということはねえが・・・ま、あまり人前で堂々と言えないようなことをやってるってのも
確かだな。」
「例えば、墓荒らしとか・・・?」
「おう、察しがいいじゃねえか。そして、あんたは俺たちを・・・そしてこのアジトのことも知っちまった。
ここから生かして帰すわけにはいかねえな。」
「おい、ギル・・・」
見かねたランバルスが口を挟む。だが、当のウィンシーダはギルフォードのこの決まり文句にも小さく
肩を竦めただけだった。
「あら、その言葉がいつ出てくるかと思ってたけど・・・勝手に連れてきておいてそれはないんじゃ
ない?」
「まあ、そうだな。・・・よし、あんたにもチャンスをやろう。」
にやりと笑ったギルフォードは、これまた涼しい顔をしているウィンシーダに向き直るとこんなことを
言い出した。
「一つ、俺と勝負をしようじゃねえか。」
「勝負?」
「ああ。さっきあんたは自分のことをベアトリクス博士だって名乗ったが・・・もしそれが本当なら、
あんたは俺たちにとって価値のある存在ってことになる。なんせ、遺跡の中は古代文字だらけだ・・・
それを解読してくれるヤツがいれば俺たちの仕事もやりやすくなる。」
「・・・私に、盗掘の片棒を担がせようってワケ?」
「みもふたもない言い方をすればそうなるな。だがあんたはさっき、ここへは資料を探しに来た・・・って
言ってたろ。俺たちの目的はあくまで副葬品として墓に納められている宝石や装飾品だ・・・よく探索の
途中で見つかる本の類は全てあんたにやろうじゃねえか。もちろん、遺跡内に書かれた古代文字
だって立派な資料になるんだろう・・・あんたにとっても悪い話じゃねえはずだ。どうだ?」
「そうね・・・。」
考えるふりをしながら、ウィンシーダは背後の男たちの反応を窺った。「やれやれ、お頭の悪いくせが
また始まった・・・」といった呟きがちらほらと聞こえる・・・どうやらこのギルフォードという男が「勝負」と
言い出すのはいつものことらしい。それならば、まだチャンスはある。
覚悟を決めたウィンシーダは、ギルフォードに向かって頷いて見せた。
「分かったわ。それで、勝負っていうのは?」
「なに、簡単なことだ。・・・オイ、例のものを持ってこい!」
「へい、お頭!」
ギルフォードはにやりとすると部下たちの方を顎でしゃくった。すると、二人のやり取りを固唾を呑んで
見守っていた男たちのうちの一人が、隣の部屋に向かって駆け出していった。その帰りを待つ間、
ランバルスがギルフォードに食い下がる。
「でも、そいつは・・・確かに“竜の間”の壁の文字を読んでたんだぜ? 古代フェスタの祭祀の記録
だって・・・」
「もし、それが全部ハッタリだったら?」
「うぐ。しっ・・・しかしだな・・・」
「なんだ、えらくこいつの肩を持つじゃねえか。・・・ランバルス、もしかして惚れちまったのか?」
「違う!!」
ギルフォードのからかいを含んだ言葉に、ランバルスは真っ赤になった。そんなランバルスの様子を
横目で見てくすっと笑うと、ウィンシーダはにやにやしているギルフォードに対して徐に問いかけた。
「一つ聞いておきたいんだけど。・・・君は手に入れた捕虜に対していつもこんなことをしてるのかな?」
「いや。こうした“チャンス”を与えるのは、俺が気に入ったヤツだけだ。・・・もっとも、今まで俺との
勝負に勝ったのはこのランバルスだけだがな。」
「そうなの。」
(それで・・・。どうも、さっきからランバルスは場違いだと思ってたけど・・・そういうことだったのね)
ウィンシーダが心の中で頷いたとき、先ほどの男が一枚の羊皮紙を持って戻ってきた。その表面には
いくつかの古代文字が記されている。


「これは、ちょっと前に違う遺跡で見つけたものなんだが・・・これに何が書かれているか分かるか?」
「何、これが勝負なの?」
「ああ。もしお前が本当にベアトリクス博士なら、この程度の文字は楽勝で読めるだろう?」
「それはそうだけど。ちなみに、ギル・・・だっけ? 君はここに書かれている内容を知ってるの?」
「いや? 読めたら苦労しないぜ。」
(そういうこと・・・)
「ふーん。」
渡された羊皮紙を一瞥したウィンシーダは、近くのテーブルの方へ歩み寄った。
「ちょっと、この蝋燭を借りるわよ。」
「・・・?」
「ああそれから。さっきの君、この羊皮紙を見つけたとき一緒に宝箱があったでしょ。面倒だからそれも
持ってきてくれる?」
「え!? あんた、何でそのことを・・・!」
「いいから持ってこい。」
ギルフォードの言葉に、ウィンシーダに声をかけられたその男は首を捻りながら再び隣の部屋へと
消えた。