blue water
プロローグ
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エピローグ
−3−
一方のウィンシーダは、狼狽する周囲をよそに羊皮紙を蝋燭の上にかざした。すると、周囲の何も
書かれていなかった部分に赤い色をした古代文字が浮かび上がり、それを目の当たりにした周囲から
再びどよめきが起こった。


「・・・あんな仕掛けが!」
「こいつは・・・やっぱり本物なのか!?」
「おう先生、結局・・・それには何が書かれてたんだ?」
(先生・・・ね)
一人落ち着き払っているギルフォードは、相変わらずにやにやしながらウィンシーダに問いかけた。
その言葉遣いが変わったことに気が付いたウィンシーダは、心の中で笑いながらもわざとそっけなく
その問いに答えたのだった。
「別に。ただ、宝箱の開け方が書いてあっただけよ。」
「ほう。じゃあ、その中身を俺たちに見せてくれるってのか?」
「多分ね。・・・ああ、ここに置いて。」
戻ってきた男の手によって机の上に置かれた金属製の宝箱は、その全ての面に細かい装飾が
施された見事なものだった。そして、普通は鍵穴が存在するはずの場所に、古代文字が書かれた
いくつかのボタンがあった。
「ふーん・・・流石によくできてるわね。・・・ランバルス!」
「ん?」
「この箱をこじ開けて。」
「はあ?」
ウィンシーダに呼ばれてそちらへ歩み寄ろうとしていたランバルスは、思いもよらないことを言われて
口をぽかんと開けた。
「こじ開ける・・・って、じゃあそのボタンは!」
「ああ、これはダミー。死にたくなかったら触らないことね。」
「しかしだな・・・」
「仕方ないじゃない、さっきの羊皮紙にそう書いてあったんだから。・・・私はいいのよ、別にこの箱が
開かなくったって。」
「くっ。仕方ない・・・。」
ランバルスは自分の剣を抜き放つと、ボタンが付けられている場所の上に切りっ先を挿し込んだ。
そして渾身の力を込め・・・ようとした刹那、宝箱の蓋があっさりと外れたのでその場につんのめった。
「うわっ!」
「はい、ご苦労様。・・・あら?」
「な・・・なんだこりゃ!」
期待に満ちた表情で宝箱を覗き込んだ周囲から驚愕と落胆の呟きが漏れる。なんと、宝箱の中身は
予想に反して空っぽだったのだ。
「残念・・・。どうやら先客がいたみたいね。」
「そんな・・・。」
「でも、これだけの装飾よ・・・箱だけでも高く売れるでしょ。」
「そりゃあ・・・」
ぱんぱんぱん。
ふいに拍手の音がアジトの中に響き渡る。驚いた一同が後ろを振り向くと、破顔したギルフォードが
手を叩いているのだった。
「いや、お見事。ここまでとは思わなかったぜ・・・さすがだな、先生。」
「これで、この勝負は私の勝ち・・・ということでいいのかしら?」
「ああ、構わねえぜ。・・・俺の完敗だ。」
「そう。じゃ、この際だからお願いが二つあるんだけど。」
「言ってみな。」
ここで、ウィンシーダはギルフォードに向かってにっこりした。
「一つは・・・私を自由の身にすること。別に私はここにいたって構わないけど、あまり戻るのが遅く
なると大学からの要請で捜索隊が来るかも知れないし。そうなったら面倒でしょ?」
「なるほどな。・・・で、もう一つは?」
「これからは私のことは“先生”じゃなくて“シーダ”って呼ぶこと。・・・どうかしら?」
「これから・・・? ははは、こりゃ傑作だ! いいとも、シーダ・・・お前らもそれでいいな!」
再び破顔するギルフォード。そんな彼に向かってウィンシーダはぺこりと一礼した。
「それじゃ、お言葉に甘えて私は家に戻ることにするわね。」
「おう、また来いよ。・・・ランバルス、外まで送ってってやれ。」
「ギル!」
「いいじゃねえか、そこでまた赤くなるなよ。・・・じゃあな、シーダ。」
「ええ、またね。・・・ああそうだ、言い忘れてたけど・・・」
入り口へ向かいかけていたウィンシーダは、途中で振り向くと盗掘団のメンバーたちににっこりと
笑いかけた。
「さっき『私に盗掘の片棒を・・・』なんて言ったけど、実は私、君たちの“仕事”についてとやかく言う
つもりはないの。私の研究している古代文字はまだまだ良質の資料が不足してて・・・そうした資料の
入手先は、実は君たちに負うところが大きいのよ。」
ウィンシーダのこの言葉に、男たちは決まり悪そうに顔を見合わせた。
「そんなわけで、私はどちらかと言うと君たちの“仕事”に感謝してるくらいなの。だから、あまり負い目に
感じることはないわ。・・・これからも頑張ってね。」
「あ、おい・・・待てよ!」
言うだけ言ってさっさとアジトを出るウィンシーダ。こうして、ランバルスは慌てて彼女の後を追ったの
だった。
*
「おい、待てよ・・・勝手な真似はよせ! いいか、お前は俺たちの・・・」
「あら・・・そっちこそまだ分かってないのね。いいかしら?」
アジトを飛び出したランバルスは、ウィンシーダに追いつくとその肩に手をかけた。振り向いた
ウィンシーダは、逆にランバルスに向かって指を突きつけるととうとうとまくし立てた。
「私は、命を助けられる代わりに君たちの“仕事”の協力をさせられるの・・・古代文字を解読することに
よってね。そして、私が逃げ出したり、君たちのことを他の人に話したりしないよう監視するために、
ランバルス・・・君がついてきた、ってワケ。」
「んな勝手な! 大体な、そういうことは仲間と相談してから決めるのが・・・」
「さっき、私がギルに言ったことを覚えてる? ほら、羊皮紙を渡されたとき。」
「羊皮紙? ああ、『君はこれが読めるの?』ってやつか。・・・それがどうかしたのか?」
急に話題が変わったことに戸惑うランバルス。そんなランバルスの様子を見て、ウィンシーダはわざと
らしく溜息をついた。
「もう、鈍いわね。・・・ギルはこう答えたでしょ? 『読めたら苦労しない』って。・・・つまり、私があの
羊皮紙について何か言っても、それが本当かどうか彼には分からないってことになるじゃない。」
「あ・・・。」
「つまり、彼は最初っから私をどうにかするつもりはなかったのよ。あれは多分、ギル一流の“歓迎”の
つもりだったんじゃないかしら。」
ウィンシーダの指摘に、ランバルスは舌を巻いた。
「驚いたな。あの状況で、そんなことまで考えてたってのか・・・?」
「言ったでしょ? 私は大学の教授なの。毎週数百人からの学生を相手にしてれば嫌でも度胸は
付くし、自然と人間を見る目はできてくるものなのよ。ギルには最初から殺気がなかったわ・・・
ランバルス、私と会ったときの君と同じでね。」
「・・・・・・。」
「それに、あの中では君はギルと同格の存在なんでしょ。そんな君が一言“あいつの身柄は俺が
預かった”と言えば、文句は出ないと思うな。」
「・・・・・・。」
「どう、まだ質問はあるかな?」
「・・・いや。」
「そう。大変結構・・・じゃ、行きましょ。」
(かなわねえな・・・)
こうして頭を掻いたランバルスは、すたすたと歩き出したウィンシーダの後を追ったのだった。