blue water  プロローグ          5  エピローグ

 −5−

「ここは・・・。」

幾多の障害をくぐり抜け、遺跡の最深部に足を踏み入れたランバルスは眩しそうに目を瞬いた。後から
ランプを手に部屋に入ってきたウィンシーダも目をぱちくりさせている。

「ここ・・・地下のはずよね?」

そこは、不思議な空間だった。
部屋の大きさは凡そ一リッジ四方だろうか。地下深くであるにもかかわらず明るい陽光が降り注ぐその
部屋は、大理石で造られたと思しき格調高い柱や壁、そして石畳の床でその外見が統一されていた。
ここまでの道のりで暗さに慣れた目にその白さが眩しく映る。

「・・・おい、これは幻なのか?」
「さあ・・・竜王には不可能はない、ってことなのかも。」

驚きに目を見張りながら、部屋の中央へと歩を進める二人。
実際に足を踏み入れてみると、この神殿―――――そう表現するのが一番しっくり来るように思えた
―――――の内部はだいぶ荒れていた。所々崩れかけている壁、石畳の隙間から生えている草・・・
そうしたものが、ここが造られてから過ぎ去った年の長さを感じさせた。

「ねえ、あれ・・・!」

ウィンシーダが指差した先、部屋のほぼ中央には小さな泉があった。清らかな水が湛えられたその
泉は直径ほぼ50リンクであり、泉の中央には小さな祭壇。

「何だあれは・・・」

泉に近寄ったランバルスは、祭壇の中央に置かれた小さな箱に目を留めた。金属製とも、また木製
ともつかない不思議な色調のその箱の表面には、ここまで来る途中に何度か目にした水の紋章が
彫られているのが遠目にもはっきりと分かった。

「待って。・・・祭壇に何か書いてあるわ。えーと・・・」

泉の中へと足を踏み入れようとしたランバルスを押し留めると、ウィンシーダは目を凝らして祭壇の
古代文字を読み上げた。


 

「『我が最愛の者、此処に眠る』・・・?」
「最愛の者? ・・・これは水竜王の墓じゃないのか?」
「分からない。でも、それにしては質素じゃないかな・・・」

ランバルスとウィンシーダが顔を見合わせたそのとき、祭壇の周囲が淡い水色の光に包まれた。
思わず目を瞑る二人・・・光が消え去った後にその場に佇んでいたのは、長い碧色の髪をした一人の
精霊だった。
素早く剣を抜き放ったランバルスはウィンシーダを背後に庇うようにして立ち、その切りっ先を相手に
向かって突きつけた。

「何者だ!」
「ランバルス、やめて。この人はもう・・・」
「何?」

戸惑うランバルスの様子をよそに、その精霊は静かに微笑むと口を開いた。

『随分と久しぶりのお客様ね。・・・ここ千年ほどは、誰も来なかったのに・・・』
「ここは・・・一体何なんだ?」
『ここは、私のための祭壇・・・。寿命が尽きれば、何も残さず消えてしまう精霊のための・・・』
「・・・この泉は、そのためのものか。」

ランバルスの言葉に、精霊は小さく頷いた。

「ねえ、あなたに聞きたいことがあるんだけど。・・・“蒼き水”という言葉に聞き覚えはないかしら?」
『“蒼き水”・・・』

ウィンシーダの問いかけに、その言葉を口の中で繰り返した水の精霊は・・・やがて祭壇に置かれた
箱を指差した。

「へ? これが水竜族の秘宝だってのか?」

拍子抜けした様子のランバルスに向かって、精霊は小さく首を横に振る。

『“蒼き水”が水竜の秘宝だというのは・・・後の世で広まった単なる噂。本当は・・・』
「・・・本当は?」
『私のために、彼が作ってくれた・・・世界で唯一つのオルゴール・・・』
「“蒼き水”の正体は・・・オルゴールだったのか。」
「・・・・・・。それじゃ仕方ないわね・・・ランバルス、諦めて帰りましょ。」

途中から考える表情になっていたウィンシーダは、やがて諦めたように頷くとランバルスに向かって
笑顔でこう言った。この言葉にランバルスは目を剥き、精霊は意外そうに目を見開いた。

「おい、シーダ・・・!」
『でも、あなた方は・・・これを探しに来たのでしょう?』
「いや、もういいの。そう聞かされて、“はいそうですか”・・・って持って帰れるわけないじゃない?」
『ではせめて・・・』

小さく肩を竦めるウィンシーダ。ここで、微笑んだ精霊の言葉に反応したのかオルゴールの蓋が開く・・・
だが、いつまで経ってもオルゴールが鳴り出す気配がない。

(おかしいな・・・壊れてるんじゃないのか?)

眉を寄せたランバルスの隣で、目を閉じていたウィンシーダはやがてポツリと呟いた。

「きれいな曲・・・。」
『彼は、よくここに来ては・・・私のために得意なハーモニカを吹いてくれました。』
「そうなの・・・。」
「おい、シーダ・・・俺には何も聞こえないぞ。」
「え? そんなはずは・・・」
『ああ・・・あなたには、このオルゴールの音が聞こえるのですね。・・・それは、水の力がある証拠。』

相手の精霊は、ウィンシーダに向かってにっこりと微笑んだ。

『最後に、よい人に巡り会えました・・・。どうぞ、このオルゴールをお持ちください。』
「え? だってこれは、あなたの大切な・・・」
『もう、いいのです。ここに留まるのも疲れました・・・。私も、竜王の・・・トレントのところへ行くことに
します。』
「でも・・・。」
『私が消えれば、この空間は消滅します。・・・どうせ瓦礫の下に埋もれるのなら、その音を聞くことが
できる相手に持っていってもらいたいもの。』
「分かったわ。・・・最後に、名前を教えてもらえるかしら。」
『・・・アルファライラ。』

微笑んだウィンシーダに向かって精霊は最後にそう呟くと、その場から溶けるように消え去った。それと
同時に、神殿のあった空間に激しい震動が起こる。

「走って!」

祭壇からオルゴールを取り上げたウィンシーダは、振り向きざまランバルスに向かって大声で叫んだ。
そして、自らも部屋の入り口に向かって走る。

(間に合って・・・!)

神殿のあった部屋の崩壊のスピードは、ウィンシーダが予測していたよりも速かった。恐らく、この
空間を維持していた力・・・古の水竜王、そしてあのアルファライラと名乗った水の精霊の意志の力に
限界が近付いていたのだろう。

(お願い・・・!)

部屋の出口まであと少し・・・というところで、ウィンシーダは食い違った石畳に躓いて転んだ。そこへ
崩れた天井が雪崩落ちてくる。

「きゃあああああ!!」
「おい、こっちだ!」
「ランバルス!」


一足先に部屋から脱出していたランバルスが手を差し伸べた。そして、その手を掴んだウィンシーダを
渾身の力を込めて部屋の外へと引きずり出す。
振り返った二人の目の前に、次々に天井の石材が崩れ落ちる。震動が収まったときには、かつて
そこに存在していたはずの神殿は最早跡形もなかった。


  *


「結局、持って来ちまったのか・・・。」
「ええ。いいじゃない、相手が持って行ってくれって言ってたんだし。」
「そりゃまあ、そうだが・・・。」

崩れ落ちた部屋の前にへたり込んだランバルスは、隣にこれまた座り込んだウィンシーダがしっかりと
握り締めていたオルゴールを眺めながらぼやいた。

「あーあ、今回はこれだけか。結局、俺には音が聞こえなかったし・・・何だか割に合わない気が
するぜ。なあ?」
「あら、そうかしら?」

いつの間に手に入れたのか、自分の背負い鞄からたくさんの文献資料を取り出して見せながら、
ウィンシーダはランバルスに向かってにっと笑った。

「お前、それ・・・いつの間に!」
「途中で、君が色々と苦労してる間に拝借してきたの。ふふふ、今回も大漁ね!」
「・・・・・・。」
「さ、そろそろ行きましょ。」

(かなわねえな・・・)

こうして、初めて会ったときと同じことを心の中でぼやきながら、膝を払って立ち上がったランバルスは
ウィンシーダの後を追ったのだった。
ただし、今度はその顔に満面の笑みを浮かべて・・・。


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