blue water  プロローグ        4    エピローグ

 −4−

三ヵ月後。

「一体、どういうつもりだ!」

ロアノークの王立竜都大学の正門を揃って出たところで、ランバルスはウィンシーダに向かって
噛み付きそうな勢いで怒鳴った。

「どうって・・・?」
「決まってるだろう! よりによって、何であそこで俺にふったんだよ!」

この日は、初めて二人きりでの遺跡の探索に出かける記念すべき日だった。だが、ウィンシーダは
担当する講義が午前中にあり、そのためにどうしても大学に行かなければならなかった。「外で
待ってるよ」と言ったランバルスであったが・・・「一度くらい講義を覗きに来たら?」というウィンシーダの
言葉に、“大学”という場所に興味を持っていたランバルスは生まれて初めてそこに足を踏み入れたの
だった。
授業は予想に反して面白かった。大学の講義に対して「難解な内容を殊更に分かりにくく解説する
ものだ」という印象を持っていたランバルスにとって、ウィンシーダの授業は悉くその印象を塗り替え
られるものだった。丁寧な板書や平易な解説もさることながら、彼女一流の話術で「具体例」として
数多く紹介される、最先端の研究者ならではの最新のトピックスや学会の裏話。もちろん、テーマで
ある「古代文字」に対して日頃から親しんでいるせいもあったろうが・・・それを差し引いても、
「学内一の人気授業」と噂されるのはけだし当然と言える内容だったのだ。しかし・・・

「あら、相変わらず鈍いわね。そんなもの、“実地”を知っている人に聞いた方がいいに決まってるから
じゃないの。」
「だからってなあ・・・!」

講義の最後にフィールドワークについての質問を受けたウィンシーダは、こともあろうに講堂の片隅に
立っていたランバルスを教壇に引っ張ってくると、その“実地”に基づいた経験を語らせたのであった。
もちろん、そんなことになるとは露ほども思っていなかったランバルスが大いに慌てふためいたのは
言うまでもない。

「いいのよ。あそこにいる学生のほとんどは箱入りのお坊ちゃんやお嬢さんばかり・・・たまには
“現実”をぶつけられるのもいい経験になるでしょ。」
「・・・いきなり“最後は時の運”なんて言われたら誰だって引くだろうよ。」
「でも、本当のところじゃない。いくら知識や経験があっても、最後にものを言うのはやっぱりそれよ。」
「まあな。でも、俺がそんなことを言ったのにかこつけて『来週は君たちの時の運を試しなさい』って
テストの予告をすることはなかったんじゃないか? 学生のやつら、みんな俺の方を睨んでたぜ・・・
何だか俺のせいみたいで気が引けるんだがな。」
「ふふ、じゃあ責任を取って君も受けてみる? ランバルス。」
「遠慮しとくよ。お前のテストなんて受けたら、しばらくうなされそうだ・・・。」
「そう、それは残念ね。」

冴えない表情になってぼやいたランバルスの様子に、その隣を歩いていたウィンシーダはくすっと
笑った。

「それより、船の手配はできてるんでしょうね。」
「ああ、それは大丈夫だ。午後二時にロアノーク港からパルミ行きが出る。」
「そう。びっくりよね・・・まさか探していたものがエルタム島にあったなんてね。」
「“蒼き水”か。・・・一体、どんなものなんだろうな。」
「さあ。行ってみれば分かるんじゃない?」

ウィンシーダが探していたものは、文献にもたびたび登場する“蒼き水”と呼ばれる水竜族に伝わる
秘宝だった。その後の調査で、肝心の“水竜族の島”がナーガ主島のエルタム島であることがようやく
判明したため、こうして二人はそこに向かうことになったのである。なお、その他にもランバルスたちが
活動拠点にしていたチェレス島は光竜の、またナーガ領土中で唯一島という形態をとっていない
アヴォリア半島は木竜縁の地であることが既に分かっている。
楽しそうにこれからの予定を口にするウィンシーダに向かって、ランバルスは遠慮がちに問いかけた。

「なあ、シーダ・・・本当こんなんでいいのか?」
「え? 何が?」
「いや、普通はさ・・・こういうのって南の島とかに行くもんじゃないのか? それが遺跡に行きたいだ
なんて、もっとこう・・・」
「もう、よしてよ! ランバルス、君までそんなありきたりなことを言い出さないで。私はこれで満足
してるわ。」
「そうか。」

ホッとした様子になったランバルスは、ここで思い出したように肩にかけていた袋に手をやった。

「ああそうだ・・・すっかり忘れてた。」
「何かしら?」
「あいつらから、俺たちへの祝いの品だと。」
「ふーん?」

ランバルスから手渡された袋を覗き込んだウィンシーダは、途端に目を輝かせた。中に入って
いたのは、研究者垂涎の的である大量の古代文字の文献資料だったのだ。もちろん、当然
未解読の・・・いや、それどころか研究者の目に触れるのはこれが初めてのものばかりである。

「・・・どうしたのこれ! こんなにたくさん・・・」
「どうせ“お仕事中”に見つけたんだろ。古代文字があったら、みんなお前のところに持って行こうって
張り切ってるらしいからな。」
「へえ・・・やっとみんな私の好みが分かってきたみたいじゃない!」
「そりゃあな。こんなに宝石やら服やらに興味を示さない女ってのも珍しいからな。」
「何よそれ、褒めてるつもり?」
「さあな。」

ランバルスの言葉に口を尖らせたウィンシーダだったが、その目はもちろん笑っている。
その後、ウィンシーダはランバルスたちのアジトに普通に出入りするようになった。そして、その気風や
容姿・・・そして何より優秀な頭脳に盗掘団のメンバーはリーダーのギルフォード以下皆が皆すっかり
惚れ込んでしまい、ことある毎に“贈り物”が彼女の元に届けられることになった。ところが、肝心の
彼女が宝石や服といった普通の女性が喜びそうなものに対して全く興味を示さなかったため、どうやら
作戦を変更したらしい。

「そうだ、それに夢中になりすぎて休講・・・なんてのはナシだぞ?」
「え!?」

ランバルスに図星を刺されたウィンシーダは珍しくうろたえた。

「さっきの授業でな、俺の横にいた学生たちがぼやいてたぞ。“ベアトリクス先生の授業は文句の
付けようがないけど、休講が多いのがなー・・・”だとさ。どうせ真相はそんなところなんだろう?」
「ち・・・違うわよ! あれは、遺跡の探索で・・・」
「大差ないだろ。もしそうなるってんなら、それは没収だ。」
「うう・・・分かったわよ、仕方ないわね・・・」
「何だかひっかかる反応だな。・・・まさかお前、来週のテストってのは・・・!」
「違うわよ! 別に講義をサボろうなんてそんな・・・ああ、返して!!」

・・・とこんな他愛のないやりとりをしている間に、二人はロアノーク港の入り口に着いた。
ロアノークは名実共に世界最大の都市であり、当然その港もナーガのパルミ港と並んで世界で最大
規模を誇る。その岸壁には世界の各国へ向けての定期船を初めとして様々な種類の船が所狭しと
停泊しており、また沖合いには周囲を警戒する小型の巡視船や、水先案内のための数多くの
連絡船が浮かんでいるのが見えた。
こうして目的の帆船へのタラップの前に辿り着くと、ランバルスはおどけた様子でウィンシーダに対して
一礼し、その手を差し出した。

「さあ、こちらへどうぞ・・・お嬢様。」
「もう、ランバルスったら!」

笑いながらその手を取るウィンシーダ。タラップを上がり、甲板に降り立った二人は舳に向かい、
そこから靄の向こうにおぼろげに見えるエルタム島の方を眺めるのだった。

「何だかドキドキするわね。・・・二人だけで遺跡に出かけるのって、これが初めてだものね。」
「そうだな。俺もドキドキだ・・・もっとも、多分お前とは違う意味でな。」
「もう・・・ひどいわね!」
「はっはっは、冗談だよ。」

ランバルスを叩く仕草をするウィンシーダ。
こうして、出航の合図の鐘と共に二人を乗せた船はゆっくりと港を後にしたのだった。・・・まだ見ぬ
水竜王の遺跡に向かって。


blue water(5)へ