萩野原
プロローグ
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エピローグ
−2−
宮廷の中庭には、噴水があった。
周囲には、小さいながらもよく手入れされた庭園もあり、宮廷はおろか自室から出ることも厳しく制限
されていたエストにとって、そこは貴重な「自然」と触れ合える場所だった。
毎日、自分の務めを果たし疲れ切ったエストは必ずそこで日没までの僅かな時間を過ごすのが常で
あり、普段は口うるさい長老達もこの時ばかりは何も言わなかった。
(・・・あら?)
その日、いつものように中庭にやってきたエストは、そこに先客がいるのに気が付いた。
噴水の縁石に見慣れない少年が腰掛けている。歳は十五・六といったところだろうか・・・腿に身体に
見合わぬ大きな剣をもたせかけたその少年は、分厚い本を膝の上に置き、どうやら居眠りをして
いる様子だった。
(誰・・・だったかしら)
会ったことはないはずだったが、エストはなぜかその少年と初対面のような気がしなかった。と言って、
いきなり起こしてしまうのも気が引ける。どことなく惹かれるものを感じたエストは、ちょこんと噴水の
縁石に腰を下ろすと少年が目覚めるのを待つことにした。
凡そ十分後・・・途中から盛大に船を漕ぎ出した少年はふっと目を覚ました。と、さっきまでいなかった
エストを見つけて大声を上げる。
「・・・ぅわっ!!」
ばしゃーん。
驚いたはずみに後ろへのけぞった少年は、そのまま噴水の周囲にある池へと突っ込んだ。その
様子を目を丸くして見つめるエスト。
「・・・っちゃー、またやっちまった。後で父さんにまた言われるなぁ。」
「あの・・・大丈夫・・・?」
「え? あ、あー、おれは大丈夫。」
「そう・・・。」
「で、君は?」
よっこいしょ、と池から上がりながら尋ねる少年。
「あーあ、本が台無しだ。今月はこれで何冊目かなぁ・・・」
「わたしは・・・フェリシテ・・・。」
「そう、フェリシテね。・・・フェリシテぇ!?」
エストの竜王候補としての名を聞き、びっくりする少年。
「フェリシテって言えば、確か父さんが補佐してる竜王候補じゃないか! いや、その、あの・・・これは
とんだ失礼を・・・。」
「いいの。・・・父さん?」
慌てて恐縮する少年の様子には頓着せず、エストは少年に問いかけた。
「え? あ・・・あの、今あなたの補佐をしている竜術士は、シオンって名前じゃありませんか?」
「そう・・・だけど。」
「それ、おれの父なんです。」
と、嬉しそうに言う少年。
「今、この国は戦争で大変でしょう。おれも何か役に立ちたくて、田舎から出てきたんです。残念
ながら竜術士としての素質はなかったけど、剣の腕だけはちゃんと父さんから受け継がれていた
みたいで・・・。」
「・・・・・・。」
「もうすぐ大きな決戦があるって、父さんが。おれも、その時には少しは役に立って見せたいと思って
ます。」
「あなたの・・・名前は?」
「おれですか? おれは・・・クレーベっていいます。」
少年・・・クレーベは、年相応に精一杯胸を張って見せた。
「そう・・・。」
「あの・・・ところで、竜王候補様が、こんなところで一人で何を・・・」
「・・・ここが好きなの。」
「・・・そうなんですか。」
「うん・・・。」
クレーベが再び口を開こうとした時、日没を告げる鐘が宮廷内に響き渡った。これからは闇の支配
する時間・・・魔獣族が優勢になる時間帯であった。そのためエストは、これ以後の自室からの
外出を固く禁じられていた。
「わたし・・・もう戻らなくちゃ・・・」
「あ・・・」
ふいに踵を返すと、エストは自室へと向かう。その後姿を、クレーベはそれを呆気に取られて
見送った。