萩野原  プロローグ        4      エピローグ

 −4−

また、あの夢だった。

いつもの草原に、いつもの少年の姿があった。
微笑む少年の顔が逆光で見えないのも、
わたしが笑っている理由が分からないのも、
あと少し・・・というところでつまずくのも、
何もかもいつもと同じ。

だが、その日の夢はそこからが違っていた。
最後に、少年は笑顔でこう言ったのだ・・・
「早く、おいでよ・・・エスト。」と。
そして、わたしは少年の名前を呼んだ・・・




「・・・!!」

エストは、ベッドの上にがばっと跳ね起きた。
いつもと変わらない静かな朝。薄暗い部屋に射し込む朝の光。しかし、エストには何か嫌な予感が
してならなかった。
「エスト」と少年はわたしのことを呼んだ。あれは、わたしの名前なのだろうか・・・そして、最後に
わたしは少年を何と呼んだのだろう。
エストは、頭を抱えてベッドの上にうずくまった。

(クレーベ・・・)


  *


この日は、真竜族にとって勝負の日だった。
最後の防衛線を突破し、コーセルテルに迫ったエリオット軍は約十万。それに対するフェスタの
正規軍は虎の子の近衛隊を含めても僅か二万足らずだった。
昼前に、両軍の先鋒部隊が会敵。斥候の報告で互いの本隊の位置を掴んだ両軍は、やがて術に
よる本格的な衝突へと突入する。
攻撃のための火竜術や風竜術、防御のための水竜術、そして癒しの木竜術・・・戦いのために研ぎ
澄まされたありとあらゆる竜術が飛び交う中、近衛隊の護衛に編入されていたクレーベは最前線で
自慢の剣を振るっていた。どちらの軍も術士が主力であることに変わりはなかったが、それを守る
部隊・・・剣や弓といった原始的な武器を扱う部隊もやはり重要であり、竜術の真価は彼らの活躍に
負うところが大きかったのである。

『今のところ、我が軍が優勢です。敵先鋒を撃破し、本隊に迫りつつあります・・・敵の損害は数千を
数える模様。我が軍は軽微です。』
「そうか。よし、追撃命令を近衛隊に・・・手筈通りにな。」
『はっ。』

(おかしい・・・)

竜王候補のエストがまだ幼いため、実際の戦闘の指揮は各種族の長老達が共同で当たっていた。
室内には大きなスクリーンがあり、光竜術を用いて戦場の様子が映し出されている。
宮廷内部、竜王の間に設けられた司令室にエストと共に控えていたシオンは、長老達の指示を聞いて
心の中で呟いた。

(なぜ、わざわざ敵部隊と肉薄するような陣形をとるのだ・・・?)

暗竜術は非常に強力だが、効果の範囲を絞るのが難しい。従って、このような混戦になった状況では
使用が難しいとされていた。
そもそも圧倒的に兵力差があるこのような状況では、正面からぶつかるこのような戦術は真竜族側に
不利なはずだった。少なくとも無理な追撃は避け、地形を利用した遊撃戦に持ち込むのが定石の
はず。竜術士になる前は凄腕の傭兵としてその名を馳せていたシオンにとって、この戦術はどうにも
納得の行かないものだった。

(これでは、肝心の暗竜術が使えないが・・・まさか!)

抱いた疑念をシオンが長老達に問い質そうとしたまさにその時、戦場の様子を中継していた光竜から
衝撃の報告が飛び込んできた。

『てっ・・・敵の伏兵部隊が出現、我が軍の先鋒が攻撃されていますっ!!』

(何だと!)

シオンの服の裾をぎゅっと握り締めるエスト。そんなエストの肩を抱きながら、シオンは正面の
スクリーンに鋭い視線を走らせた。
戦場の南北に広がる森から、隠れていた敵軍の奇襲部隊が出現していた。その数、約三万・・・当初
から対峙していた敵の主力を合わせるとその数は七万近くになる。真竜族側の先鋒は見る間に分断・
包囲され、その壊滅はこのままでは時間の問題と思われた。

『いっ・・・いかがいたしましょう!?』
「・・・撤退せよ。」
『はあっ!? 今、何と・・・!?』
「本隊を撤退させろと言ったのだ。先鋒の救出は不可能だ・・・見捨てるしかあるまい。」
『・・・しっ、しかし・・・』

長老の一人が、二人に声をかけた。

「シオン、フェリシテ・・・じきお前たちの出番だ。準備をせよ・・・。」
「出番ですと? あのような状況で暗竜術を使えないことは、あなた方ならご存知のはずです!」
「だからこそ、暗竜術を使うのだ。」
「・・・!?」

思わず目を剥くシオンに、長老は落ち着き払って言葉を続ける。

「分からぬか? シオンよ。残念ながら我が軍の先鋒はの伏兵に包囲されてしまった。僅か四千
足らずの戦力では、七万以上の敵軍に抵抗していられるのも時間の問題・・・このままでは程なくして
全滅の憂き目を見るだろう。」
「ですから、早く救援を・・・!」

反駁しようとするシオンを、その長老は指を一本立てて遮った。

「しかしだ。今あの場所へ暗竜術を使えばどうなるかな?」
「生き残っている味方が巻き込まれます! 危険すぎて、とても・・・まさか!?」
「そうだ。味方は確実に全滅する。だが、敵の主力も同時に葬り去れる・・・。そうだ、今ならば奴らを
一網打尽に出来るのだ!」
「まさか、あなた方はもともとこれを狙って・・・? 仲間を犠牲にしてまで、敵をおびき寄せようと!?」
「そうだ。今までは分散することによって暗竜術を巧みに避けてきた奴らだが、今日は最終決戦という
ことで主力があの場所に集中しておる。ここを叩けば、我が軍と奴らは互角に持ち込めるのだ!!」

途中から異様な熱を帯びてきた長老の言葉に戦慄を覚え、シオンはその場にただ立ち尽くした。
周囲を見回すと、司令室にいる他の全ての長老達も同じ目をしていた。追い詰められ、戦の勝利
のみを追い求める狂気を宿らせた目を・・・。

「さあ、フェリシテよ! 味方ごと奴らを殺すのだ!! 先鋒として戦っている者たちの命を無駄に
してはならんぞ・・・!!」

いやいやをするように大きく首を振るエスト。と、その目がふいに大きく見開かれた。長老の一人と
睨みあっていたシオンがスクリーンの方を振り返ると・・・

そこに映し出されていたのは、クレーベだった。

クレーベを見た長老達の目が期待に輝くのを見て、シオンは全てを悟った。
普段は口うるさい長老達が、クレーベとエストが会うのを咎めなかった理由。よそ者で、しかも人間の
クレーベが急遽護衛隊に編入された理由。全てははこの時のため・・・クレーベの死によってエストを
悲しませ、その暗竜術の威力を増幅させるための企みだったのだと。

(何と・・・いうことをっ!!)

クレーベは、救援の来ないこの状況でも果敢に戦い続けていた。周囲には敵兵の死体がそこかしこに
転がり、恐れをなした敵兵は彼を遠巻きに包囲するだけだった。そこへ自ら斬り込んで行くクレーベ。
だが、既に周囲には彼を援護する味方はいなかった。正面の敵兵を3人まで切り伏せたところで、
横合いから突き出された槍によってクレーベの動きが止まる。そちらを向いたところで今度は反対側
から剣が突き出され、その胸部を貫かれたクレーベは手から剣を取り落とし・・・やがてゆっくりと
くずおれた。

「ク・・・レーベ・・・」
「いっ・・・いかん!」
「いやああああああああああっ!!!!」

スクリーンを瞬きもせずに見つめていたエストは、クレーベの名前を切れ切れに呼んだ。異変に
気付いたシオンが彼女の力を押さえ込もうとしたが、次の瞬間、戦場を局地的な激震が襲った。
地上に立っていたものは皆数十リンクの高さにまで跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられた。やがて
その大地は大きく陥没し、そこにいた全てのものを呑み込んでいく。その範囲は長老達の予想を
遥かに超え、敵の予備兵力はおろか退却中だったフェスタの主力もすべて巻き込まれてしまった。
やがて揺れが弱まり、もうもうと立ち込める土煙がようやく収まると、スクリーンに映るものの中には
動くものは一つとしてなかった。


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