WINTER WONDERLAND〜冬の都へようこそ!〜
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再び二人の間を沈黙が支配する。それを破ったのは、またしてもセンジュの方だった。
「オレさ。・・・お前に、一つ謝らないといけないことがあるんだ。」
「・・・?」
意外なセンジュの言葉に、ミズキは首を傾げた。センジュは夜空を見上げたまま、小声で言葉を
続ける。
「毎年、お前のダンナはまだ見つからないって言ってたよな。・・・あれ、実はウソだったんだ。」
「嘘?」
「ああ。お前のダンナは、初めて会った次の年に・・・すぐに見つかったのさ。だけど、お前は・・・」
ここで、センジュは真剣な表情でミズキの方を振り向くと、その目をじっと覗き込んだ。
「それが分かったら、もうあそこに来なくなったろ? いや、ヘタすりゃそこで後追いしかねなかった。」
「どうかしら・・・。」
「目を見てれば分かるさ。・・・最近は、穏やかになったよな。」
「・・・・・・。」
確かに、センジュの言う通りだった。最初の数年のうちに夫の遺体が見付かっていたら、間違いなく
ミズキはその傍で眠ることを選んだだろう。
そんなことを考えなくなったのも・・・そして、その後の生きる気力を失わずに済んだのも、全てこの
センジュが居てくれたからだった。
「それが・・・怖くってな。つい、言い出せないでここまできちまった。」
(バカね・・・望んであそこを訪れていたのは、私の方なのに・・・)
微笑んだミズキは、うなだれたセンジュに向かって明るい調子で切り出した。
「ね、さっきの話だけど。」
「ん?」
「ほら、“何か手伝えることはないか”って。」
「ああ・・・。」
「もし、お店を持てたなら。・・・氷菓をね、作ってみたいの。」
「氷菓?」
頷いたミズキは、いたずらっぽい表情を浮かべた。
「私の国の特産品よ。冬の間に降った雪を地下にしまっておいて、暑い時期になるとそれを取り出して
お菓子を作るの。・・・とても高価だから、一般の人の口には入らないんだけど・・・。」
「へえ。それは初耳だな。」
「でも、あなたなら。冬の精霊なら、好きなときに雪を作り出せるんでしょう? ・・・きっと、みんな
喜ぶわ。」
「なるほどな。そいつは楽しそうだ。」
にやりとするセンジュ。
こうして、二人がどちらともなく見つめ合ったそのとき・・・計ったかのように、表の方で笛のような甲高い
音が響いた。
センジュは舌打ちをすると、屋敷の玄関に向かって歩き出した。その後にミズキも続く。
「ちっ。・・・主人と一緒で、容赦のねえヤツだぜ。」
「奴・・・? センジュ、誰か来たの?」
「ああ。ったく団長も、人が悪いぜ。」
玄関を出たところには、数本の松の木が植えられている。センジュは、そのうちの手近な一本の枝に
止まっていた鳥を指差した。
「おう、あれあれ。さっきの鳴き声の主はこいつ、ラナイだ。ユキガラスと言って・・・寒さにはめっぽう
強い。オレたち冬軍の間では、手紙やちょっとした品物を届けるときに使ってるんだ。」
「ラナイ・・・ああ、昼間アズサ団長さんが言ってた・・・」
「ああ。これは団長ので・・・なんでも、思い入れのある名前らしいけど、オレは詳しいことは知らん。」
自分のことが話題になっているのが分かったのだろうか・・・センジュが話し終わると同時に、ラナイは
もう一度カラスらしくない美しい声で鳴いた。外見はセンジュの言った通りカラスによく似ていたが、
幻想的な白夜の中・・・ミズキにはその黒い羽が蒼い光を放っているように感じられた。
一方、ラナイの足に結び付けられていた手紙を読み始めたセンジュは、たちまちのうちに苦笑を
浮かべた。
「まいったな・・・」
「団長さんからは、何て・・・?」
「いや、これ・・・見てくれよ。」
手元を覗き込んだミズキに向かって、センジュは手紙を手渡した。紙面には、またしてもアズサの
外見には似つかわしくない太く力強い字で、次のようなことが書かれていた。
『辞令
リュネル寒気団 霊峰守備隊長 センジュ
右の者の霊峰守備の任を解き、新たにエクセールにおける諜報活動を命じる。
人間と共に生活し、年に一度は協力者共々都に報告に戻るよう。
真竜暦五〇〇八年 火竜の月七日
リュネル寒気団団長 アズサ』
「・・・何、これだけ?」
「ああ。団長らしいぜ。」
面食らった様子のミズキに向かって、センジュは肩を竦めてみせた。
「そのまま受け取りゃ単なる辞令だが・・・とどのつまりは『心配しないで行ってこい、ただしたまには
遊びに来いよ』ってコトだな。」
「・・・全部、お見通しってことね。」
「ああ、らしいな。」
頭を掻いたセンジュに、傍らの枝に止まったままだったラナイがまた鳴き声を上げた。
「返事を書いた方がいいんじゃない?」
「そうだな。よし、ちょっと待ってろ。」
一旦屋敷に引っ込んだセンジュは、ややあって小さな紙片を手に戻ってきた。それをラナイの足に
結び付けると、軽く体を叩いて送り出す。
「何て書いたの?」
「決まってるだろう?」
飛び去るラナイを見送りながら、ミズキはセンジュに尋ねた。振り向いたセンジュは、片目をつぶると
にっと笑った。
「もちろん、『かしこまって候』さ。」
(センジュらしい・・・)
くすっと笑ったミズキに、センジュは手を差し出した。
「さ、団長のお許しも出たし・・・そうと決まれば、善は急げだ。」
「あら。善・・・かどうかは、まだ分からないわよ?」
「お見くびりで。・・・オレの“趣味のよさ”は、団長の折り紙つきだぜ?」
「ふふっ・・・そうだったわね。」
こうして笑顔になったミズキは、センジュに抱きかかえられて冬の都を後にしたのだった。・・・今度は
しっかりとその体を抱き締めて。