青空          5     

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「今日は、お別れに来たの。」

季節は巡り、女の子は「少女」になった。ある春の始まりの日、いつものように泉を訪れていた少女・・・
ガートルードは、楡の木に向かってこう切り出した。

「この春から、遠いところにある学校に行くことになったの。・・・竜大って言ってね、世界で一番難しい
学校なのよ。」

心なしか胸を張ると、ガートルードは続ける。

「もちろん寮生活ってことになると思うから、しばらくこっちには戻れない・・・ううん。私は・・・夢を叶える
までここに戻らないつもりなの。」

梢を見上げるガートルード。

「私の夢、話したことあったっけ? ・・・今世界では森の面積がどんどん減ってるの。でも、畑や家の
ために森を切り開いているのに、そのせいで大雨や洪水が起こったり、砂漠が広がったりして結局は
人が住めない場所が増えていくなんて、おかしいじゃない? これ以上のむやみに木を切るのは、やめ
させなくちゃ・・・私たち人間も、そしてあなたたちも不幸になってしまうもの。そのために大学で必要な
ことを勉強して、自然破壊は結局人間の身に災いとなって返ってくるってことを証明できたらな・・・って
思ってるの。」

熱っぽくここまで語ったガートルードは、後ろで手を組むと遠い目になった。

「この森もね、伐り拓いて町を広げようって言ってる人がたくさんいるの。父さんが頑として認めないから
今のところは大丈夫だけど・・・私は、小さい頃からこの森で育ったようなものよ。そうね・・・これで、
せめてもの恩返しができればいいんだけど。」
「ええ、期待してますよ。」
「・・・!?」

誰もいない筈の背後から不意に声をかけられて、ガートルードはびっくりした表情になると振り向いた。
そこに立っていたのは、雨の日も風の日も彼女を見守り続けて来たあの青年と、二人の少年少女
だった。

「あ・・・あなたたちは!?」
「私はエルム。・・・そうです、あなたの想像通りの存在です。」
「・・・やっぱり、そうなんだ! ずっと・・・いるんじゃないかって信じてたの!!」
「ええ。・・・こちらはシルフェスと、エリアル。それぞれ、風と水を司る精霊です。」
「おう、よろしくな。」
「はじめまして・・・かな?」
「こちらこそ! 私はガートルードよ・・・ガーティって呼んでね!」

ガートルードの瞳に浮かんだ恐怖は一瞬で消え、次の瞬間彼女は喜びから思わず小さく飛び跳ねた。
楡の木の精霊・・・エルムは、そんな彼女の様子をにこにこしながら眺めていたが、やがて彼女の方へ
歩み寄った。

「これを、あなたに差し上げましょう。」

エルムが差し出したのは、シンプルな作りのブローチだった。楡の果実である翼果をイメージした
デザインになっている。

「これは・・・?」
「これは、私たち木に宿る精霊の友である印。ミューレのエルムと言えば、結構名の通った存在
なんですよ・・・どの地に行っても精霊と言葉を交わすことができるはずです。」
「そんなすごいもの・・・本当に、もらってもいいの?」
「ええ。あなたの夢は、私たちの夢でもあります。ささやかですが、あなたの夢の実現に役立つの
なら・・・。」
「うれしい! エルム、ありがとう!!」
「いえ、私にできるのはこれくらいですからね。」

受け取ったブローチを早速胸元に着けたガートルードに向かって、シルフェスとエリアルが次々に
声をかける。

「途中で、諦めるんじゃねえぞ。」
「しっかり、頑張ってね。」

満面の笑みで頷くガートルード。そんな彼女に向かって、改めてエルムが話しかけた。

「ではガーティ・・・あなたも、夢の達成に向かって頑張ってください。辛いことや悲しいこともあると
思いますが、そんな時はどうか私たちのことを思い出してくださいね。あなたは、私たちの・・・いえ、
全世界の木の精霊たちの希望なのですから・・・。」
「うん! あたし、きっとここに戻ってくるから! 夢を叶えたら、きっと!!」
「ええ。お待ちしてますよ。」

ちょこんと頭を下げ走り去るガートルードの後姿を見送る三人。やがて、シルフェスがポツリと呟いた。

「よかったのか? あの子に、姿を見せちまってさ・・・」
「ええ。信じて待ちましょう・・・彼女はきっと頑張ってくれるはずです。」


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