ガーティの夢
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「戦いには、凡そ戦略と戦術が必要だ。」
机に両手をついたカディオは、徐に口火を切った。そのまま、ぐっと周囲を睨み付ける。
「君たちの戦いぶりは、この一月の間じっくりと見物させてもらった。・・・正直、そのどちらもないと
言わざるを得ない。」
「な・・・なんだと!?」
「少し考えてみれば分かるだろう! 君たち精霊と人間が一対一で戦った場合、どちらが勝つかは
明白だ。では、なぜ君たちはこの数年負け続けているのか・・・さあ、答えられる者はいるか?」
「そ・・・それは・・・」
「つまり、戦略も戦術もないまま、慣例に従って戦っているからだ。」
ここまで言ったカディオは、シルフェスの方を振り向いた。
「現在の、こちらの戦力は?」
「そうだな。風精七十に、水精三百・・・」
「風精が少ないな。・・・指揮官が風精なのに、なぜ風精が集まらない?」
「初めはもっと多かったんだがな。戦が続くにつれて、皆討ち取られちまったのさ。」
「ふむ・・・そうか。それは惜しいことをしたな。」
「あとは、そうだな・・・個人的な知り合いだが、雷精に数人の心当たりがある。それだけだ。」
「雷精か。・・・ここは精霊の森なのだろう? 木精は、なぜこの戦いに参加していない?」
「あいつらは、自分の守る森が無事ならそれでいいのさ!」
精霊たちの中から、苛立たしげな声が上がった。やはり、一枚岩に見える精霊たちの中にも反目は
存在するのだ。それは人間と何ら変わりない。
(なるほどな・・・)
「今は一人でも味方が欲しい。まずは、木精をこちらに引き込むことから始めよう。」
「そんな簡単に言うな! あいつらの頭の固さを知らないから・・・」
「無論、こちらから頭を下げたりはしない。・・・向こうから来るように仕向けるのさ。」
にやりと笑ったカディオは、手元の地図に目を落とした。釣られて、周囲の精霊たちもそれに倣う。
「さて、この地図を見てくれ。現在の前線は大体この辺り・・・森から半リッジといったところか。君たちが
森から出撃して、アミアン国軍と戦うという図式だ。そうだな?」
「ああ、そうだ。・・・何か文句があるのか!?」
「今日限り、それは止めてもらう。意味がないからだ。」
「なんだと! 貴様、おれたちの戦い方にケチをつける気か!?」
血相を変えた精霊たちをきれいに黙殺すると、カディオは言葉を続ける。
「さっきも言ったが、一対一・・・いや、例え十人以上であっても、相手が人間であれば君たちがそれを
打ち破るのは容易いはずだ。では、なぜそれができていないのか・・・答えは、君たちが力を発揮
するのを妨げている者がいるからだ。」
カディオは、指で戦線の後方半リーグのところを叩いた。
「ここに、ユックルから派遣された精霊術士十名が陣取っている。うち八人は防御のための水精術を
使い、残りの二人はもしもの時のための回復役だ。まず、これを潰してしまおう。」
「潰すって・・・そんな、簡単にいくのか?」
「大丈夫だ。まだ、敵も君たちを馬鹿だと思っているからな。」
「く・・・こいつ、さっきから・・・!」
「まず、いつものように君たちが森から打って出る。・・・水精の指揮官はどこだ?」
周囲の輪の中から一歩進み出た水精に、カディオは向き直った。
「今回の先鋒は風精ではなく、水精で構成する。その指揮を頼みたい。」
「何だと! 水精術は、あくまで防御が主体・・・それを前衛に出すなど、我らに死ねと言って
いるのか!?」
「早まるな。別に、敵と本格的に戦えと言っているわけじゃない。・・・敵と接触したら、適当にあしらって
森へ逃げ込むんだ。」
「しかし、それじゃ・・・森の中に敵が入ってくるじゃねえか。」
当然の疑問を口にした風精に向かって、カディオはあっさりと頷いてみせた。
「確かにそうだ。だが、森の中は人間にとっては足場も悪く、迅速な状況判断も撤退も難しい。何より、
森は君たちの庭のようなものだろう。外で戦うより、何倍も有利になるはずだ。」
「そりゃまあ・・・そうだけどよ。」
「勝ちに乗った敵前衛・・・正確にはアミアン国軍だが、これが森に乗り込んでくれば、後衛にいる精霊
術士との間にある程度の間隙ができる。君たちがあまりに真正直な戦をするせいか、もしくは余程
アミアンの人間と精霊術士の折り合いが悪いのか・・・精霊術士たちにはろくな護衛もない。そこで、
風精の援護で雷精を送り込んで術士を殲滅する。・・・術士のほとんどは水精使いだから、雷精には
弱いはずだ。」
「しかし・・・精霊術士は、お前の仲間じゃないのか? それを・・・」
「君たちに心配される筋合いじゃない。」
にべもなく言ったカディオは、改めて周囲を見回した。
「さて・・・話は変わるが、アミアン側の指揮官のガラニュス将軍は、もともと精霊術士に反感を持って
いる。ここに来る前に会ってきたが、露骨に嫌な顔をされたよ。叩き上げの軍人だから、精霊術に
頼るのをよしとしない部分があるんだろうな。」
「そ・・・それと、この戦いが何の関係があるんだ?」
「精霊術士がやられ、森にも入れない・・・となれば、奴さんは部下を救出するために仕方なく森に火を
放つだろうと言ってるんだ。普通だったら精霊術士の増援を待つところだが、奴さんにはその気はない
からな。・・・今まで、森に対する放火はなかったのか?」
「いや、あったさ。だけど、俺たち水精がすぐに消し止めて・・・」
「それは今後無用だ。ある程度は、燃えるに任せる。」
「なんだと!? 貴様、仲間を見捨てろっていうのか!?」
「違う。こうすることによって、木精たちにも人間がはっきり“敵”ということになる。放っておいても、
共闘することになるのさ。」
「は・・・はあ・・・。」
「まとめるとだ。アミアンの連中に手を貸している精霊術士を潰すのが第一段階。アミアン国軍を森に
引き込んで返り討ちにするのが第二段階。森に放火をしてくるので、それを放置して木精を味方に
するのが第三段階。・・・以上の三段重ねの作戦によって、君たちは一時的に勝利を収めることが
できるだろう。」
ここまで一気に言ったカディオは、ここで背後に立っていたシルフェスを振り返った。
「俺の作戦はこんなところだが。どうだ・・・俺を殺さずにおいて正解だったか?」
「ああ・・・正直、驚いてるぜ。お前、その歳で・・・どえらいことを考えるもんだな。」
「ふん・・・。別に、これくらい・・・」
“当然だ”とばかり胸を張るかと思いきや、意外にもカディオは口ごもるとそっぽを向いた。その横顔が
僅かに赤く染まっていることに気付いたシルフェスは、思わずにやりと笑った。
(けっ・・・照れてやがる)
手を叩くと、自らをじっと見つめている精霊たちに向かって言う。
「よーし! みんな、聞いただろう。今日はいっちょ、このカディオの作戦に乗ってみようじゃねえか。」
「しかし、長! この人間の言うことを信用されるんですか!?」
「そうです! もし、これが敵のワナだったら・・・!!」
「放っておいても向こうの勝ちは見えてるんだ。わざわざそんな姑息な手を使うこともねえだろうよ。・・・
そうだろ?」
「しっ・・・しかし!」
まだ納得できない様子の相手に向かって、シルフェスは笑った。
「今までここの戦は負け続けだった。うまく行かなくてもともとじゃねえか。・・・これも一つのチャンスだと
思うことにしようぜ。」
「・・・わかりました。長がそう言われるのなら・・・。」
「よし、みんな・・・頼んだぜ!」
『おう!』
こうしてシルフェスの号令一下、精霊たちは一斉に動き出したのだった。