ガーティの夢          5     

 −5−

ガラニュスが焼き払うと決めたのは、精霊の棲むと言われているヒューレーの森のうち一番北側の
部分だった。
兵士たちが用意していた魚油の入った甕を森に向かって投げ、続いて一斉に火矢が放たれる。固唾を
呑んで見守るエレノアたちの前で、ややあって森の一角が燃え始めた。兵たちの歓声の中、その
火勢は時を追うごとに大きくなっていった。

「よし、敵襲に警戒しながら引き上げるぞ!」

森の中に入り込んだアミアン国軍の相手で手一杯だったのか・・・結局、水精たちがその場に姿を現す
気配はなかった。
ガラニュスの号令が響き、兵たちは後ろを気にしながら退却を始めた。自らも駒を返そうとしていた
エレノアの目に、小さな人影が映る。

(あの少年は・・・?)

自分から程近い森の一角から、木の枝に隠れるようにしてこちらを観察している少年。その傍らには、
二人の精霊の姿もある。髪の色からして、それぞれ風精と水精のようだ。

(よし・・・)

どちらにせよ、森の中から精霊と共にこちらを見ている人間が味方であるはずがない。
小さく頷いたエレノアは、馬の鞍に付けられていた小弓を手に取ると矢を番えた。再びエレノアが顔を
上げたとき、少年の傍らにいたはずの風精の姿は既に消えていた。

(・・・・・・)

じっと狙いを定める。一瞬、こちらを向いた少年と目が合った。

「危ない!!」
「なっ・・・!?」

矢を放とうとした瞬間、エレノアは隣にいた護衛の兵士に馬から突き飛ばされた。

「ぐわあああああ!」

矢は見当違いの方向に飛んでいった。地面に投げ出され、慌てて身を起こすエレノア。その目の前で、
自分を突き飛ばした兵士と乗っていた馬が真っ二つになった。
“風刃”。風精たちは皆、そう呼ばれる風精術を操る。その鋭利な切れ味は、まるで大きな鎌のようだと
いう。エレノアがそれを身近で見たのはこれが初めてだった。

「ち・・・外したか。」

見上げると、目の前には先程少年の傍らにいたはずの風精の姿があった。恐怖に歪むエレノアの
表情を見てにやりと笑った風精は、次の瞬間その場からふっと姿を消した。

「姫ー!! ご無事ですか!?」
「あ・・・うん、なん・・・とかね。」

騒ぎを聞きつけて、顔色を変えたガラニュスが駆け付けてくる。返事をしたエレノアは立ち上がろうと
したが、立ち上がれない。どうやら腰が抜けてしまったらしい。

「森を焼くという、当初の目的は達しました。一旦引き返し、救出隊を組織します。」
「え・・・ええ、そうね。」
「姫様も、くれぐれも無茶はされませんよう。よし・・・姫様に馬を!」
「は! ・・・さあ、どうぞ。」
「あ・・・ありがとう。」
「よし、引き上げるぞ!」

ガラニュスに差し出された手に掴まり、ようやく立ち上がったエレノアは、護衛の兵士が差し出した馬に
跨った。落ち着いてみると、急に口惜しさがこみ上げてくる。

(この借りは・・・どこかで返すわよ!)

一瞬森の方を振り返り、そちらを睨み付けたエレノアは、護衛の兵士たちに守られながらガラニュスの
後を追ったのだった。


ガーティの夢(6)へ