ガーティの夢            6   

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夕刻。シルフェス率いる精霊たちは、森の中で祝宴の真っ最中だった。
数年ぶりに知る勝利の味。それも、長年苦労させられてきた精霊術士を全滅させた挙句、宿敵アミアン
国軍を半身不随に陥らせるほどの大勝利だったのである。誰も彼も、浮かれない方がおかしかった。

「いやー、見直したぜ! みんな、あんたの言った通りだったな!」

結局、何もかもがカディオの立てた作戦通りになった。
今までの精霊たちの無策ぶりにすっかり慣れきっていたアミアン国軍の兵士たちは、こちらの誘いを
見抜けずまんまと森に殺到し、結果的に多くの犠牲を出すことになった。森を焼かれた木精たちは
人間の非道さに憤り、その長が先だって共同戦線の構築を申し入れてきたところだった。
カディオを見る精霊たちの目も、先程までとは全く違っていた。

「これほどの“軍師”がついてくれれば、もう怖いものはねえな!」
「おうよ! このままアミアンの連中をここから追っ払うのも時間の問題だな!」
「はっはっは、違えねえ!!」
「おう、カディオさんよ・・・また、よろしく頼むぜ!」
「いや、せっかくだが・・・」

上機嫌の精霊たちに囲まれたカディオは、冷静な調子で首を振った。

「戦はこれで終わりだ。明日、俺がアミアンとの講和の使者に立つ。」
「は!?」

その言葉に、周囲の精霊たちが目を剥いた。

「な・・・そりゃ、どういうことだよ!?」
「最初に言ったはずだ。君たちを“一時的に”勝たせると。・・・講和を急がないと、本国から精霊術士の
増援が来てしまう。」
「だ・・・だけどよ! そうしたら、今度も同じ作戦で・・・」
「同じ策に二度ひっかかるほど、精霊術士もアミアンの連中も甘くないさ。それに、次に来る精霊
術士は、恐らく本国の主力だ。防御などと生易しいことを言わず、彼らが先頭に立ってここに攻め
込んでくるさ・・・そうすれば、森など何の役にも立たない。」
「う・・・」
「だから、その前に講和なんだ。今回敵に与えた損害は大きなものだ。そのショックに打ちのめされて
いる今なら、講和に応じる可能性が高い。」

一旦言葉を切ったカディオは、ここで周囲を見回してにやりと笑った。

「一旦君たちとアミアン王家の間で講和が成立してしまえば、部外者である精霊術士たちがどう
口出しをしても、再び戦を始めることはできないさ。君たちにとって一番の脅威である精霊術士は、
ここにいる理由がなくなるんだ。」
「でも・・・そのつもりなら、もう少し手加減してもよかったんじゃ・・・」
「それじゃ、相手が講和に応じないかも知れないだろう。完膚なきまで痛めつけて、“その気になれば、
皆殺しも簡単だぞ”というところを見せ付けたからこその講和なんだ。」
「・・・・・・。」

ぱんぱんぱん。
何となくぞっとしない様子で顔を見合わせた精霊たちの背後から、不意に拍手の音が響き渡る。
一同が振り返ると、そこでは破顔したシルフェスが手を叩いているのだった。
にやにやしたままカディオの方へと歩み寄ったシルフェスは、腰に手を当てるとカディオと正面から
向き合った。

「ったく、お前は大したヤツだ。ガーティが手塩にかけたってのも、分かる気がするぜ。」
「それは、ほめられていると受け取っていいのか?」
「好きにするさ。」

小さく肩を竦めるシルフェス。その表情が、不意に引き締まる。

「最後に、一つ聞かせてもらおうか。」
「何だ?」
「お前は、人間で・・・しかも精霊術士なんだろう。オレたち精霊に手を貸して、人間と戦うことに何の
得があるんだ?」
「それが、俺の師・・・ガートルード先生の夢だったからだ。」

カディオは即答した。

「先生は、精霊と人間の共存を夢見ていた。もちろん、言葉通りの“共存”が既に不可能であることは、
実際にここで君たちと人間が戦っていることでも明らかだ。」
「・・・・・・。」
「俺がアミアンに来たのは、ほんの偶然だった。精霊術士として一人前になるために、実際の戦場で
経験を積めと言われてここに来たんだ。・・・そして、君たちと人間の間の戦いをつぶさに見ることに
なった。」

カディオはここで、その時のことを思い出したのか・・・少し遠い目をした。

「正直、黙って見ていられない気持ちだった。本来、平和に共存できるはずの精霊と人間が、毎日殺し
合っているんだからな。・・・だが、そんな理想論を振りかざしていても何も始まらない。ならば状況を
冷静に見つめ、両者にとって最良のことをするまでだ。」
「両者・・・だと?」
「そうだ。この戦いに君たちを勝たせようと思ったのは、それが君たち精霊と人間・・・両方にとっていい
結果を生むと判断したからだ。」

ここまで言ったカディオは、二人を取り囲んでいた精霊たちをぐるりと見回した。

「皆も聞いてくれ。もともとこの国が君たちのものだったことなど、百も承知だ。だが、それを言い立てた
ところで事態は解決しない。・・・君たちが勝ち、アミアン王家と講和を結ぶ。両者にとって不満は残る
だろうが、これで少なくとも殺し合いはしばらくの間回避できる。」
「・・・・・・。」
「この先どうなるかはまだ分からない。すぐにまた戦いが始まる可能性もあるが、もしかしたらこの
状況が恒久的に続くかも知れない。ただ一つ確かに言えることは、それは当事者である君たち次第で
あるということだ。・・・俺は、そのきっかけを作ったに過ぎないのだからな。」
「・・・なるほどな。確かに、それが今の“最良”の判断かもしれねえな。」

しばらく考えていたシルフェスは、やがて一つ頷くとそう呟いた。その一言で、周囲の精霊たちも何となく
納得したようだった。

「俺は、もう休ませてもらう。皆も、今俺が言ったことを・・・よく考えてみてくれ。」
「おい、ちょっと待て。」

踵を返したカディオを、シルフェスが呼び止める。

「・・・まだ、何か?」
「いや、まだちゃんと言ってなかったと思ってよ。」
「?」
「オレたちに・・・“きっかけ”を与えてくれて、ありがとうよ。この森の風精、水精一同を代表して、礼を
言わせてもらう。」
「ああ・・・」

頭を下げる精霊たちに向かって、ここでカディオは幸せそうに微笑んだのだった。

「いや・・・。こちらこそ、俺のことを信用してくれて・・・嬉しかった。・・・ありがとう。」


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