Message From The Wind  プロローグ    2          エピローグ

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こうして半ば放心状態のまま家路を辿ることになったアクセルが、再びまともに物事を考えられるように
なるまでにはしばらくの時間が必要だった。

「一体、おまえはなんなんだよ!」

アクセルの目の前に立っていたのは、五歳くらいの女の子だった。おかっぱの焦茶の髪に、同じ色の
瞳。着ている服はどこかの民族衣装らしく、この暑いのに律儀に羽織ったままの肩掛けと、胸元で光る
首飾りが印象的である。

「とりあえず、名前を聞かせろ!」
「・・・シーヤ。」
「で。どっから来たんだ!?」
「カンパナス・・・」
「はぁ?」

聞いたことのない地名だった。いや、相手の歳からして恐らく学校の寄宿舎か、下手をすると教会か
孤児院の名前かも知れなかった。・・・どちらにせよ、そこでの生活に耐えかねて逃げ出してきたに
違いない。

「それで! ・・・一体全体、どうして俺にくっついてきたんだよ!?」
「・・・・・・。」
「おい! なんとか言えよ!!」
「・・・・・・。」

シーヤと名乗った女の子は、このアクセルの怒鳴り声にも俯いたままだった。アクセルはじりじり
しながら待ったが、相手が口を開く気配はない。

(だんまりかよ。・・・ったく、めんどくせえなあ・・・!)

大袈裟な溜息をつきながら、アクセルは腰かけていた椅子から勢いよく立ち上がった。不安そうに
自分を見上げたシーヤに向かって顎をしゃくってみせる。

「そうだよ。これから駐在所に行くんだよ! 場合によっちゃ、そのままおまえをその
“かんぱなす”とやらまで連れていくかんな!」

「そんな・・・無理だよ! すごく、すごく遠いんだよ!?」
「おまえみてえなガキが一人で来れたんだ、遠いったってタカが知れてるだろ! おら、こっち
来い・・・」

「いやっ!!」

乱暴に自分のことを捕まえようとするアクセルの手を逃れようと、シーヤは傍らにあったテーブルの
上へと飛び上がった。と同時に、ばさり・・・という音と共にアクセルの視界一杯に褐色のものが広がる。

「な・・・!?」

どこに隠していたのか・・・シーヤの背には一対の“翼”があったのだ。部屋の中を舞う羽毛は、それが
本物であることを示していた。

「おまえ・・・それ! まさかおまえ、人間じゃねえのか・・・!?」
「・・・ッ!」

しばらくの間、呆然とその“翼”に目をやっていたアクセルは、我に返るとシーヤの背を指差した。その
言葉にシーヤが顔を引きつらせた瞬間、部屋の扉が勢いよく叩かれ、続いて外から威勢のいい
中年女性の声が響き渡った。

「アクセル、またあんたかい!? 他の人の迷惑になるから静かにしろって、あれほど
言ったろう!! 今日という今日は許さないよ・・・ほら、ここをお開け!!」

「だーーーーーっ!! おまえのせいで、また面倒なことに・・・!」

地団太を踏んだアクセルは、それでも急いで部屋の入り口に向かうと扉を開け、愛想笑いを
浮かべた。

「ああ・・・ジーナ、悪い。ちょっと今、取り込んでて・・・」
「ったく。今度は仕事でどんな面白くないことがあったのか知らないけどね、いい加減にしな! ここに
住んでるのは、あんただけじゃないんだからね!!」

ドアの前に立っていたのは、大家であるジーナだった。アクセルがフリッツの口利きでここに住むように
なってからの付き合いである。
腰に手を当て、及び腰のアクセルを睨み付けていたジーナは、部屋の奥からおずおずと顔を出した
シーヤを見て目を点にした。

「な・・・なんだいあの子は。」
「いや・・・その、なんだ。」
「・・・・・・。・・・アクセル、ひょっとしてあんたの子かい?」
「おい! んなワケねえだろう!!」
「ふーん。・・・色恋沙汰にはとんと縁がないとばかり思っていたけど、案外あんたも隅に置けないんだ
ねえ。」
「だから、違うって言ってるじゃねえか!!」

同情のこもった眼差しでジーナに見つめられ、アクセルは顔を真っ赤にした。そんなアクセルに
向かって、ジーナがしたり顔で頷く。

「・・・じゃあ、さっきのドタバタはもしかしてあの子が原因かい?」
「あ、ああ・・・実はそうなんだ。・・・心配しないでいいぜ、今から追い出すところだから、これで静かに
・・・」
「なんだって!?」

憤然とアクセルに向き直ったジーナは、大声で捲し立てた。

「あんな小さな子を、一人きりで外へ放り出そうってのかい!?」
「んなこと言ったってよ・・・」
「あの子があんたの何かは知らないけどね! 連れてきちまったからには、責任持って面倒
見な。・・・でなけりゃ、今すぐ遅れてる家賃、払ってもらうよ!」

「・・・・・・。」
「分かったね。・・・ああ、あんたの仕事中のことも考えないといけないし、相談があったら乗るからね。」

こうして言うだけ言ったジーナは、踵を返すとアクセルの部屋を出ていった。

「〜〜〜!! ・・・ちっくしょう!!」

ぐうの音も出なくなったアクセルは、しばらくの間ジーナが閉めて出て行った部屋の扉を忌々しげに
睨み付けていたが、やにわにそれを力いっぱい蹴り付けた。

「やい、おまえ! シーヤとか言ったな!」

アクセルの大声にびくりと体を震わせたシーヤが、糸の切れた人形のように頷く。

「メシは、大したものは出ねえからな!! 文句言ったら、ぶっ飛ばす!」
「え・・・それって、・・・ここにいても、いいの・・・?」
「今の話、聞いてただろう!? ・・・仕方ねえだろうが!!」
「あ・・・ありがとう!!」
「うわっ!」

苛立たしげに頭を掻きむしっていたアクセルは、次の瞬間シーヤに抱き付かれて戸惑った表情を
浮かべた。

「あ・・・ごはんの支度、あたしお手伝いします!」
「お、おう・・・っておまえ、埃だらけじゃねえか! まずは風呂入ってこい!」
「お・・・お風呂?」
「一階の、ジーナの部屋に行って聞いてこい! うちには、女用のものは何もねえからな、必要なもんは
相談して借りてくるんだぞ!」
「う・・・うん。」

真面目な顔で頷いたシーヤが、ちょこちょこと部屋を出ていく。その後姿を見送っていたアクセルは、
フライパンを片手に大きな溜息をついたのだった。

(ったく・・・とんだ災難だぜ!)


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