Message From The Wind
プロローグ
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エピローグ
−5−
「んが・・・」
いつものように、自分のベッドで寒さのために目を覚ましたアクセルは、身震いするとくしゃみを
一つした。
タイタスはヴァンフォーラの最南端に近い部分に位置し、国中でも最も温暖な地域である。しかし、
毒竜の月も末ともなれば布団なしでは流石に肌寒い。いつの間にか布団をベッドの外へと蹴り
飛ばしてしまうのは悪い癖だとは思うのだが、こればかりは眠っている間ということもあって
どうしようもない。
ベッドの上に起き上がり、頭をボリボリと掻いていたアクセルは、床に落ちた布団を拾い上げようとして
不意に寝ぼけ眼を見開いた。普段なら、自分の傍で小さな寝息を立てているはずのシーヤの姿が
見えなかったからだ。
(あいつ・・・)
しばらく待っても、シーヤの戻ってくる気配はない。
もともと、狭い部屋に押し込められるのは苦手なシーヤのことだ。その辺りを散策しているのかとも
思ったが、種族の特性なのか夜目はあまり利かないとアクセルは本人から聞いたことがあった。
・・・とすれば、居場所の候補はそう多くない。
(・・・・・・)
何かを考える風だったアクセルは、やおらベッドから立ち上がるとガウンを羽織った。続いてベッドの
サイドテーブルの引き出しから一通の封筒を取り出すと、それをポケットに入れて部屋から廊下へと
出る。
アクセルの借りている部屋は、建物の三階、南東の角にあった。東西に設えられている廊下の西の
端には大きな出窓があり、そこから屋根の上へと出ることができるのだ。眠れないとき、アクセル
自身もよくそうして屋根の上から夜空を眺めたものだった。
(やっぱり・・・)
予想通り、シーヤは屋根の上にいた。その頬が月の光に照らされて光るのを見たアクセルは、局長の
言っていた“帰巣本能”という言葉を思い出した。
静かに窓から出ると、音を立てないようにしてシーヤの横に立ち、声をかける。
「眠れないのか・・・?」
不意にかけられた声に肩をびくりと震わせたシーヤは、アクセルの姿を目にすると慌てた素振りで
涙を拭った。
「う・・・ううん、そんなこと・・・」
「無理しなくてもいいんだぜ。寂しいって言ったからって、ここを追い出したりはしねえさ。」
「・・・・・・。」
小さく笑ったアクセルは、シーヤの隣に腰を下ろした。そのまま、屋根の上に寝転がる。
「思い出すなあ。俺もさ、小さい頃・・・よくこうやって、夜中一人で月を見てたもんだ。」
「アクセルも?」
「おう。悲しいこと、辛いこと・・・いろいろあったけど、誰にも聞いてもらえなかったからな。」
「・・・?」
アクセルの言葉に、シーヤが小さく首を傾げる。そんなシーヤに向かって、アクセルは何気なく言った。
「そういや、なんで俺がこの仕事してるか・・・まだ話してなかったよな。」
「うん・・・。」
「・・・俺の親父とお袋は、鉱山の技師だったんだ。」
「ぎし・・・?」
「ああ。ほら、石炭とか鉱石は山から掘り出すわけだけど、あれだってむやみやたらと掘りゃいいって
もんじゃねえんだ。どこに鉱脈があって、どう掘ればいいかを指示するやつがいねえとな。」
「それが、ぎし・・・っていうお仕事だったの?」
「そうさ。・・・これが二人とも優秀でさ、あんまり百発百中で鉱脈を掘り当てるもんだから、『フォルカーク
の奇跡』って言われてたな。」
ヴァンフォーラは、かつてのアルバ帝国に最後まで残った州の一つだった。
早期に独立を果たしていった東部諸国に対抗するため、当時の国策には第一に「富国強兵」が
掲げられ、そのための鉱工業の発展が大いに求められていたのだった。
「まあ、そんなこんなで滅多に家にいねえ両親だった。一緒に暮らした時期なんて、ほんと・・・ほんの
数年しかねえんじゃねえかな。」
「その・・・アクセルのお父さんとお母さんは、今どこに? やっぱりお仕事?」
「死んじまったよ。俺が、十二のときに。」
「え・・・」
「落盤事故だって、後で聞いた。これ以上掘るのは無理だって、親父とお袋は止めたらしいんだけど
・・・」
小さく肩を竦めたアクセルは、ガウンのポケットから封筒を取り出すとそれをシーヤに手渡した。
「事故の知らせの翌日、これが届いたんだ。」
「これは・・・?」
「死ぬ前日に、親父とお袋が書いた手紙さ。もしその事故がなかったら、次の日に二人は家に帰って
くる予定で・・・今でも、“明日帰る”っていう手紙の文句を見るとさ、本当に二人が帰ってくるんじゃ
ねえかって思うんだ。」
あれから、もう十年以上が経つ。しかし今でも、アクセルは二人の死を完全には受け入れられないで
いた。
あの事故は全て、本当は国による“隠蔽工作”だったのではないか。巨大な金の鉱脈を発見した
ために、鉱夫ともども死んだことにされ、その実は国の庇護の下極秘にその採掘に当たっているの
ではないか。そして、ある日ひょっこり自分の許へと戻ってくるのではないか・・・そんな幻想に、今でも
毎日、帰宅時には胸が高鳴るのだ。
「孤児になってからは、ほんと大変だった。それまで優しかった親戚がさ、急に手のひらを返したように
冷たくなってさ。・・・それから、この仕事をするようになるまで、俺は親戚の間をたらいまわしに
されたんだ。」
「・・・大変だった?」
「そりゃな。いいことなんか一つもなかったし。・・・でも、俺にはその手紙があった。いつか二人が帰って
きてくれるって、ずっと信じることができたんだ。」
「・・・・・・。」
シーヤが差し出した封筒を受け取りながら、アクセルは遠い目をした。
「もし、その手紙がなかったら。俺は、当の昔にどこかでのたれ死んでたと思う。・・・だから、俺はこの
仕事を選んだのさ。人の“想い”を運ぶことのできる、この仕事をさ。」
「そう・・・だったんだ。」
「ああ。もっとも、そのことを思い出させてくれたのは、シーヤ・・・おまえだったんだけどな。」
「え・・・?」
微笑んだアクセルは、寝転んだままシーヤの顔を見やった。
「おまえは、どうなんだ? ・・・どうして、故郷を飛び出してきたんだ?」
「・・・・・・。」
「いや、話したくないんなら別に・・・無理にとは言わねえけど。」
「ううん。アクセルには、聞いて欲しいの。」
「うん?」
だが、そう言った割にはシーヤは長い間黙ったままだった。そんなシーヤが口を開くのを、アクセルは
辛抱強く待った。
「お父さんが、事故で・・・。」
「・・・・・・。・・・なんだよ、おまえもなのか?」
「お父さんはね、アクセルと同じ・・・お手紙や荷物を運ぶ仕事をしてたの。あたしたちには、翼が
あるから・・・」
「そうだよな。それは確かに、人間よりは向いてるかもしれねえな。」
「嵐の夜に、お薬を運ぶことになって。・・・無事届けられたんだけど、その帰りの道で・・・」
「そうだったのか・・・。」
「ずっと昔から、お父さんと二人きりで暮らしてきたの。だから、どうしていいかわからなくなって・・・」
「それで、家を飛び出したってわけか。」
ぽつりぽつりと、シーヤは思い出すようにしてしゃべっていた。これで、シーヤがこの仕事に詳しかった
訳は分かったことになる。