Message From The Wind  プロローグ      3        エピローグ

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「こんにちは、逓信局です。・・・手紙の配達に来ました。」

玄関の扉をノックし、アクセルはそのまま待った。季節柄、辺りは蝉の声でうるさいくらいである。

「はい、ご苦労さま・・・」
「はいっ、お手紙です!」

印鑑を手に扉を開けた相手に向かって、アクセルの肩の上に乗ったシーヤが勢いよく手紙を
差し出す。輝くような、満面の笑み。初めは戸惑いの表情を浮かべていた相手も、大抵はここで
笑顔になるのだった。

「では、受け取り印を・・・」
「はい、どうぞ。・・・お嬢ちゃんは、お仕事のお手伝いかしら?」
「はい、そうなんです!」

結局、シーヤはアクセルから一時も離れたがらず、こうして仕事にもくっついてくる始末だった。理由は
「狭い部屋でじっとしているのは苦手」ということだったが、それはアクセルにとって迷惑どころか、風に
飛ばされた手紙を回収したり、間違えて届けそうになった手紙の宛先を指摘したりと仕事の大きな
手助けになったのだった。なぜか、シーヤは驚くほどこの仕事について詳しかった。

「ありがとうございましたー! また、よろしくおねがいしますっ!」
「こちらこそ。お仕事、頑張ってね。」
「はい!!」

笑顔で手を振るシーヤ。こうして配達を済ませるたびに、アクセルは心の中で安堵の溜息を
つくのだった。
シーヤを仕事に伴うに当たっての一番の問題は、もちろん人間とは明らかに違うシーヤの姿だった。
しかし、その人外の姿が大騒ぎを巻き起こすのではないか・・・というアクセルの心配は、結局のところ
杞憂に終わった。
そもそも、「化け物」と呼ぶにはあまりにもいたいけな女の子の姿である。シーヤの背にある翼も、
逓信局のシンボルマークが鷲であったことからすんなりと受け入れられ、たちまちのうちにシーヤは
逓信局の“マスコット”としてアクセルの配達担当地区内の人気者となったのだった。

「ただいま、戻りました・・・」
「ただいまー!」
「あ、シーヤちゃん帰ってきたわよ。お帰りなさい!」
「この暑い中お疲れ様! お茶淹れてあるから、よかったらどうぞ。」
「ありがとう、いただきます!」
「ああアクセル、あんたのはついでよ。シーヤちゃんに感謝しなさいよ?」
「わーってるって・・・。」

もちろん、逓信局に戻ってもシーヤは皆の人気者だった。
初めは奇異の目で遠巻きにシーヤのことを見ていた職員たちも、やがてシーヤの裏表のない明るい
性格を目にするにつれて、次第に打ち解けるようになった。それをきっかけにギスギスした局内の
空気も柔らかいものになり、それが客にも好印象を与えるようになったのだった。

「今日も朝から大活躍だね。お蔭でウチの評判も上がってるって言うし・・・まさにシーヤちゃんさまさま
だね。」
「そうかな? えへへ、ありがとう!」
「でも、アクセルと一緒で大変じゃないかい? もう、こんなガサツな奴は見限ってさあ・・・僕のところへ
来ないかい?」

シーヤのことを好意的に見てくれるのは、何も客ばかりとは限らない。アクセルの同僚にこうして
誘われるたびに、シーヤは律儀にも真面目な顔でこう答えるのだった。

「ごめんなさい。でも、あたしはアクセルと一緒にいるって決めたから・・・」
「おーおー、お熱いことで。アクセル、良かったな。」
「やかましい! おいシーヤ、次行くぜ!!」
「はい! お茶ごちそうさま、おいしかったです!」
「いいのよ。じゃ、次も頑張ってね。」
「はい!!」

同僚にからかわれたアクセルが、赤い顔でシーヤを怒鳴り付ける。しかし、その表情は満更でも
なさそうだった。
何より、以前はあれほど苦痛だった外回りが、いつの間にか気にならなくなっていた。自分やシーヤを
待ち侘び、そして届いた手紙や小包を目にした瞬間、客が浮かべる心からの笑顔。それが、疲れた
体や心への何よりの“癒し”となるのだ。・・・シーヤと仕事をこなすようになって、アクセルはこの仕事を
始めたばかりの頃のような新鮮な気分を再び味わっていた。
そう言えば、ここ最近は下ばかり向いて配達をしていた気がする。それでは配達員も、また手紙を
受け取る客も互いに気分が良くなろうはずもないが・・・そのことに気付かせてくれたのが、この
シーヤという女の子なのだった。

(この仕事も・・・満更でもねえもんだな)

こうして、再び配達のためにシーヤと共に街へと飛び出していきながら、いつしかアクセルは長らく
忘れていた“笑顔”を浮かべるようになったのだった。


  *


こうしてシーヤとアクセルの二人三脚の日々が始まってから三ヶ月。局長のフリッツがアクセルの
下宿を訪ねてきたのは、ある週末の午後のことだった。

「局長!」
「やあ、邪魔するよ。」

買い物メモをシーヤに渡していたアクセルは、予期せぬ客の来訪に驚いた表情を浮かべた。

「あ、局長さん! こんにちは!」
「やあ、シーヤちゃん。今日も元気がいいね。」
「はい、ありがとうございます!」

笑顔でぺこりとフリッツに頭を下げたシーヤは、ややあって少し首を傾げた。

「・・・もしかして、お仕事の話ですか?」
「ん?」
「あたし、もっともっとがんばりますから。アクセルを、くびにしないであげてください。」
「はっはっは。大丈夫だよ、今日はそういう話をしに来たわけじゃないからね。・・・私からもお願い
しよう。これからもアクセルと一緒に頑張ってくれるかい?」
「はい、もちろんです! ・・・じゃアクセル、行ってくるね!」
「おう、気をつけてな。」

満面の笑顔で再びフリッツに頭を下げたシーヤは、窓を開けるとそこから街路へと飛び出していった。


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