Message From The Wind
プロローグ
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エピローグ
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・・・ふと、ここである可能性に思い当たったアクセルは、上半身を起こすと俯いたままのシーヤに
向き直った。
「もしかして、おまえが俺にくっついてきたわけって・・・」
「うん。・・・初めてこの町にたどりついたとき。疲れて、もう飛べなくなって・・・どうしようかって
思ったとき、アクセルと会ったの。そのときにね、アクセルが・・・お父さんに見えて。」
「俺が・・・おまえの、親父さんに?」
「うん。かばんをさげて、お手紙を配るのを見てたら・・・涙が止まらなくなって。思わず・・・」
(おいおい、俺が“お父さん”ってタマかよ・・・)
シーヤのこの“告白”に、すっかり照れ臭くなってしまったアクセルは、少し慌てた様子で話題を変えた。
「それよりさ。・・・その、おまえの故郷にはもう知り合いはいねえのか?」
「おばさんがいるよ。お父さんが死んだとき、あたしを引き取ってくれるって言ってくれたんだけど・・・」
「・・・その、おばさんってのは? おまえに冷たいのか?」
「ううん、そんなことないよ。あたしのことを、すごくかわいがってくれたんだ。」
かぶりを振るシーヤ。その様子を黙って眺めていたアクセルは、やがて真面目な顔になると改まった
様子で口を開いた。
「シーヤ。・・・やっぱり、おまえは故郷に帰るべきだと思う。」
「え・・・?」
「別に、迷惑だからってわけじゃねえぞ。だけど、おまえには帰れる場所が、・・・待っていてくれる人が
いるんだろ? だったら、帰った方がいい・・・帰れるうちに。」
「アクセル・・・」
「さすがに、毎晩こっそり屋根の上で泣いてるおまえを放っておくわけには・・・いかねえもんな。」
いたずらっぽく笑ったアクセルは、ここで月を見上げた。つられたシーヤも夜空に目をやる。
「心配しなくても、俺は大丈夫さ。お前のお蔭で“夢”を思い出したからな、ヤケになったりはしないさ。」
「夢・・・?」
「ああ。」
頷いたアクセルは、大きくその両手を夜空に向かって広げた。
「今、この北大陸は十近い国に分かれちまってる。国って言われてピンと来るかは分からねえが・・・
要するに、暮らす上での決まりが色々と違うんだな。」
「うん・・・なんとなく、わかるような気がする。」
「そうか。それでな、当然手紙に関する決まりも国ごとに全然違うのさ。手紙の集め方・運び方から、
その料金までな。そんなわけで、国を越えての手紙のやりとりはほとんどできないのが現状なんだ。」
アルバ帝国の分裂に伴って、その統治下にあった諸州は東部のタペラを皮切りに次々に独立を
果たしていった。それからおよそ八百年・・・諸国はその気候や地形に合わせて独自の発展を遂げ、
その行政や文化は国ごとに大きく異なるものとなった。
それ自体は悪いことではないが、全てが一国の統治下にあった時代とは異なり、国家間での交流に
関して様々な不都合が生じるようになったのもまた事実だったのだ。
「でも、人は国を越えて行き来するわけでさ。その“想い”を届けてくれる手紙が出せないってのは・・・
寂しい話だろ? だから俺は、北大陸のどこにいても、自由に手紙を出して・・・また受け取れる。
そんな仕組みを作りたいんだ。」
「うん・・・うん!」
アクセルが語る“夢”の話に、シーヤは目を輝かせるとその小さな両手を握り締めた。
「そして、南大陸がある。」
「・・・!」
「北大陸で自由に手紙のやり取りができるようになったら、次は南大陸だ。・・・世界中どこへでも手紙を
出せるようになったら、すごいと思わないか?」
ここまで言ったアクセルは、少し恥ずかしそうな素振りで頭を掻いた。
「白状するとな。俺も、昔は・・・南大陸に住んでるやつらは、化け物だって信じて疑わなかったんだ。
事実、今でも人間はみんなそう思ってるし、それは南大陸でも同じなんじゃねえか。・・・でもな。」
「・・・でも?」
「シーヤ。・・・おまえに会ったからな。」
シーヤに向かって微笑むアクセル。
「おまえと会って一緒に暮らすうちに・・・もしかして、南大陸に住んでいるやつらだって、俺たちとあまり
変わらないんじゃないかって。・・・そう思うようになったんだ。」
「アクセル・・・!」
「多分、実際に会って一緒に暮らしたら、俺とおまえみたいに仲良くなれる。でも、今は無理だ。それ
なら、まずは手紙から始めたらいいんじゃねえかな。・・・そして、これが南北両大陸の“付き合い”の
始まりになるんじゃねえかな? そう思ってよ。」
「うん・・・そうだよ! あたしも、そう思う!」
「でも、それには・・・おまえの力が必要だ。だから・・・」
「うん! あたし、必ずここへ戻ってくる!」
「よーし、約束だ。」
にやっと笑ったアクセルは、ガウンのポケットから取り出した、両親からの“最後の手紙”をシーヤに
手渡した。
「これを、おまえに預けておく。」
「これは・・・大事なお手紙でしょ!?」
「だからさ。大きくなって、自分の力で生きていけるようになったら・・・それを俺のところへ届けにきて
くれよ。・・・俺は、ずっとここで待ってるから。」
「うん! 絶対だよ!!」
アクセルに思い切り抱き付いたシーヤは、身を翻して駆け出すと屋根の縁に立ち・・・そこで束の間、
アクセルを振り返った。
「さよなら、アクセル。きっと、待っててね!」
「ああ、・・・またな。」
アクセルに向かって大きく手を振ったシーヤは、夜の闇の中へと飛び立っていった。それをじっと
見送っていたアクセルは、やがて小さく頷くとゆっくりと屋根を降りた。
(さて、と・・・)
そのまま一階のジーナの部屋に向かい、そのドアをノックする。二度、三度・・・やがて扉から顔を
覗かせたジーナは、寝ていたところを起こされたと見えて機嫌が悪かった。
「なんだい、こんな遅くに・・・」
「シーヤは、行っちまった。」
「あん? 何の話だい?」
「故郷に帰ったんだ。だから、明日からはまた俺一人の生活になる。」
驚いた顔になったジーナに向かって、アクセルは深々と頭を下げた。
「ちょっと・・・それは何の真似だい?」
「俺はあの子に、“ここで戻ってくるのを待つ”と言っちまったんだ。だから・・・」
「つまり、あの子が戻ってくるまであの部屋を貸しておいてくれと・・・こういうことかい?」
「ああ。そう願えれば・・・。」
「仕方ないねえ。シーヤちゃんのことを考えると、無下に断れないじゃないか。」
苦笑いしていたジーナは、ここで真面目な顔になった。
「いいだろ。その代わり、家賃はちゃんと払ってもらうからね。」
「もちろんだ。できる限り、努力するから。」
「じゃ、今日はもう遅いからね。あたしゃ休ませてもらうよ。」
欠伸交じりに扉を閉めたジーナに向かって再び頭を下げたアクセルは、ゆっくりと自室へと戻って
いった。その顔に、今までにない決意に満ちた表情を浮かべながら。