Message From The Wind  プロローグ        4      エピローグ

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シーヤの後姿を見送っていたフリッツが、感心したように口を開く。

「ほう・・・やはり、出入りは窓からしているのか。」
「んで? 局長。今日はなんの用なんすか? まさか、シーヤの暮らしぶりを見にきた・・・ってわけじゃ
ないんでしょう?」
「ん?」
「シーヤにはあんなこと言って。いいんすか? クビじゃなくても、左遷とか謹慎ってことだったら・・・」
「できれば、休みの日は“局長”ではなく名前で呼んでもらいたいものだな。」

アクセルの恨みがましい台詞をさらりと流したフリッツは、ふっと目元を和ませた。

「心配しなさんな。別に処分を言い渡すつもりなら、わざわざここまで来たりはせんよ。」
「そうっすかね。俺たちのせいで、逓信局にも苦情が来てるんじゃないすか?」
「それは、まあな。確かに、“あれはなんだ”と局に怒鳴り込んでくる客がいるのは事実だ。」
「だったら・・・」
「しかしな。あの子のことを好いてくれている人が、その何倍もいるのも事実なんだ。中には、あの子の
顔を見たいがために手紙を書くようになったという話も聞くくらいなんだからな。」
「はあ・・・」
「事実、この三ヶ月でタイタス逓信局の手紙の取扱量ははっきりと上向いている。・・・この事実には、
いくら頭の固い上層部だって異を差し挟めはせんだろ。」
「そうなんすか。」
「ああ。もちろん、局の雰囲気も随分と明るくなった。そういった点で、お前さんとあの子には・・・感謝
しこそすれ、処分なんて思いもよらんよ。」

とりえあず、局長の訪問の目的が自分やシーヤに対する処分ではないと分かり、アクセルは胸を
撫で下ろした。
しかし、それならば・・・なぜフリッツは休日にわざわざアクセルの許を訪ねてきたのだろうか。当然の
疑問を口にしたアクセルに向かって、フリッツは頷くと真面目な顔になった。

「そうだな。今日は、あの子の話をしにきたんだ。」
「あの子? ・・・シーヤのことっすか?」
「そうだ。・・・アクセル、お前さんは“グイ族”という名を聞いたことはあるか?」
「ぐいぞく? いや、ないっすけど。・・・それが、シーヤとなにか関係あるんすか?」
「・・・・・・。」

アクセルの問いには答えず、フリッツはシーヤが出ていった窓に歩み寄ると、そこから街路を眺めた。
土曜日の午後とあって、人通りはかなりのものだ。

「この前の休みにな。・・・あの子のことについて、何か分かるかも知れんと思って町の中央図書館に
行ってきたんだ。こんな国境の田舎町だから、大した文献はなかったが・・・それでも、いくつか可能性
らしきものは目にすることができたよ。」
「可能性・・・?」
「隣国エクセールの南には、メクタル地峡と呼ばれる地域がある。リルトン山地によって北大陸とは
一応隔てられた形になっているが、その一帯には南大陸の住人と我々人間との間にできた子孫が
暮らしているんだそうだ。」
「南大陸・・・って言うと、あの竜やら魔獣やらっていう化け物がいるっていう、あの?」
「そうだ。ま、罪人を初め・・・何らかの理由で住処を追われる者が出るという点では、我々もその
“化け物”も同じということかな。」

小さく肩を竦めたフリッツは、ここでアクセルの方に向き直った。

「それで、その“グイ族”というのはな。幻獣人と呼ばれる、人間と魔獣との間にできた種族の一つで・・・
その背には、鷲のような大きな翼があるんだそうだ。」
「じゃあ、局長は・・・シーヤがそのグイ族だって言うんすか?」
「まあ、可能性の問題だがな。さっきも言ったように、メクタル地峡のことを含めて、南大陸のことは
未だによく分かっていないからな。・・・アクセル、お前さんはあの子がどこから来たのか、何か
具体的に本人から聞いていないのか?」
「ああ、いや・・・確か、カンパナスとかいう場所から来たらしいっすけど。聞いたことない地名だし、
詳しいことは何も・・・」
「なるほど。それは恐らく、北大陸の地名ではないんだろうな。」

頷いたフリッツは、真剣な面持ちでアクセルをじっと見つめた。

「まあ・・・正直あの子がグイ族だろうがなんだろうが、私にとってはどうでもいいことだ。それは
アクセル、お前さんもそうだろう。・・・今日、私がわざわざここに来たのはな、お前さんに予め
忠告しておきたいことがあったからだ。」
「・・・どういうことっすか?」
「鳥には、帰巣本能というものがあるんだが・・・聞いたことはあるか?」
「きそう・・・ほんのう?」
「自分が生まれ育った場所へ帰ろうとする、という習性だ。ほら、伝書鳩はその習性を活かした
ものさ。」
「へえ・・・。でも、それとシーヤになんの関係が?」
「もし、あの子が見かけ通りの存在なら、その帰巣本能が普通の人間よりも強く働く可能性があると
いうことさ。今、あの子は故郷を遠く離れたこの町で暮らしているわけだが・・・ある日、あの子が突然
故郷に帰りたいと言い出したら、お前さんはどうするつもりかな?」
「え・・・」
「まあ、これもあくまで可能性だが、心の準備はしておいた方がいいと思ってな。・・・後は、お前さんが
考えて決めることだ。」

ある日突然、シーヤが自分の許からいなくなる。思いもしなかったその“可能性”に、アクセルは
目の前が真っ暗になるような感覚を味わっていた。
思えば、初めはあれほど迷惑だと思っていたはずなのに。共に暮らし始めて三ヶ月が経った今、既に
シーヤはアクセルの中でかけがえのない存在になっていた。仕事の手助けになってくれているだけ
ではない。日々の何気ない生活の中でさえ・・・シーヤと共に過ごすことによって、それまでの無味乾燥
だった毎日が見違えるように楽しくなったのだった。

「・・・・・・。」

すっかり考え込んでしまったアクセルの様子に、小さく溜息をついたフリッツが椅子から腰を上げた。

「・・・ではな。今日のところは、私はこれで帰ることにする。」
「あ、局長・・・」

踵を返したフリッツに、顔を上げたアクセルが声をかける。

「ん?」
「あの・・・心配してくれて、ありがとうございました。」

アクセルの言葉に少し意外そうな顔をしたフリッツは、次の瞬間にこやかに微笑んだ。

「なんだかな。お前さんとの付き合いはもう随分になるが、面と向かって礼を言われたのは・・・これが
初めてのような気がするな。」
「え・・・そう、っすかね?」
「ははは。・・・では、また明日な。」
「あ、はい。」

頭を掻いたアクセルは、小さく頭を下げるとフリッツの後姿を見送った。だが、その心中はフリッツに
突き付けられた「シーヤとの別れ」という言葉に大きく揺れ動いていたのだった。


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