Message From The Wind
プロローグ
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エピローグ
−エピローグ−
男は、屋根の上に寝そべっていた。
くわえた煙草の煙が秋の涼風にたなびき、夜の闇へと消えていく。辺りの町並みは男が歳をとる
ごとに少しずつ変化していったが、こうして見上げる夜空・・・そして美しい月だけは、あの頃と全く
変わらない。
こうして、毎晩のように屋根の上で待つようになって・・・もうどれくらいが経つだろうか。当時は二十歳
そこそこの青年だった自分も、とうに四十の坂を越えた。・・・それでも、自分の胸中に焦りや苛立ちは
微塵もない。
必ず、あいつは自分の許に戻ってくると言った。ならば、自分にできることをしながら、信じて待つ
だけのことだ。
やがて、音もなく屋根に誰かが降り立つ気配がした。それは明らかに人間とは違うシルエットだったが、
男は目を閉じたままで、別段驚く様子も見せなかった。
「はい、お手紙です!」
「おう・・・。随分と、かかったじゃないか。」
「―――――ッ!!」
次の瞬間、自分の腕の中に飛び込んできた相手を、男はしっかりと受け止めた。
「アクセル・・・ずっとずっと、会いたかったの!」
「俺もだ。・・・気持ちの整理は、できたのか?」
「ええ。伯母さんはこの夏に亡くなって。やっと故郷での身辺が片付いたの・・・遅くなって、ごめん
なさい。」
「いいさ。お前はこうして、戻ってきてくれたんだから。」
「・・・うん!」
微笑んだ男・・・アクセルが、抱き締めたシーヤの髪を優しく撫でる。
「そうだ。随分待たせちまったからな・・・こっちにもちゃんと詫びは入れておかないとな。」
「?」
「ほら、我らが無敵の大家に・・・さ。」
「ああ!」
小さく笑い合った二人は、揃って一階へと降りると大家であるジーナの居室の扉をノックした。やや
あって顔を出したジーナは、思わぬ訪問者に目を丸くした。
「ジーナさん!」
「あらまあ、シーヤちゃんかい!?」
「お久しぶりです! 良かった・・・またお会いできて!」
「本当に、大きくなって・・・。・・・もう、あれから二十年以上経つんだものねえ。」
シーヤと抱き合ったジーナが、しみじみと言った。
「やれやれ、これであたしも・・・やっと引退できるよ。」
「引退・・・ですか?」
「ああ。ったく、このバカがあんたが戻ってくるまでここにいさせてくれって言うから。お国の逓信省の
長官が、こんなボロ家にいまだに下宿住まいだなんて、おかしいと思わないかい?」
「長官?」
「ああ・・・実はな、二年前に逓信省の長官になったんだ。」
引退したフリッツの後を継いでタイタス逓信局の局長となったアクセルは、切手や消印、ポストといった
斬新なアイデアを次々に逓信省上層部に提案していった。それによって手紙を出す際の手間が大きく
省かれた結果、短い間にヴァンフォーラ国内での手紙のやり取りの量が激増。そのことにいたく感心
した国王直々のお声がかりで、まだ四十そこそこの若さでアクセルは逓信省の長官に大抜擢される
ことになったのだった。
目を輝かせたシーヤが、飛び上がるようにして言う。
「アクセル、すごいじゃない! 偉くなったんだね!」
「まあな。いよいよ来年は郵便の国際会議も開かれることになったし・・・これで、“夢”の第一段階の
目処は立ったってわけだ。」
「おめでとうアクセル! でも、その・・・ゆうびん? って何?」
「ああ、手紙とか小包のことをそう呼ぶことに決めたのさ。今まで、いい言葉がなかったからな・・・近い
うちに、逓信省の名前も変わると思う。」
ここまで言ったアクセルが、にやりと笑うとシーヤの方を見る。
「さあ、それが終わったらお前の出番だな。何たって、いよいよ南大陸の住人と話し合いをしないと
いけないんだからな。」
「まかせて! あたしも、向こうにいる間にいろいろと勉強してきたんだから!」
「そうか。せいぜい、頼りにさせてもらうさ。」
ガッツポーズを決めたシーヤの様子に、アクセルが大袈裟に頷く。そんな二人のやり取りを見守って
いたジーナが、これも笑顔で二人を等分に見ながら言った。
「何はともあれ、中にお入りよ。積もる話も、あるんだろ?」
「そうだな。よしジーナ、祝杯だ・・・あんたも付き合ってくれるんだろ?」
「よしておくれよ、こんな年寄りに向かって・・・」
「でもあたし、久しぶりにジーナさんともお話ししたいです!」
「だってよ。いいだろ、少しくらい。」
「もう、仕方ないねえ・・・」
笑い合いながら、三人は部屋の中へと入っていった。
これが、後の世の“郵便組合”がその成立への第一歩を踏み出した瞬間だった。