Cross Colors
プロローグ
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エピローグ
−2−
「北大陸には、アルバ帝国って国があるんだろ。・・・今もまだ、あるのか?」
「な・・・」
相手の口にした予想外の問いに、セリエは目を剥いた。
「当然だろう!! あの国が、そう簡単になくなるわけがない!」
「本当か?」
「―――――ッ!!」
嘘だった。
アルバ帝国は崩壊しつつある。初代皇帝の度重なる南大陸への遠征、そして二代皇帝の暴政。その
負担に耐えかねた民の反乱が国中に広がり、このままでは国が消滅するのも時間の問題だった。
僅かに表情を引き攣らせたセリエは、相手に向かって殊更に大きな声を出した。
「私は・・・私の意志でここに来た! アルバ帝国とは、何の関係もない!!」
「ふーん・・・? それならそれでいいさ。けどな、オレは・・・あんたに恨みを買うようなことをした覚えは
ないんだがな。」
「な・・・?」
「だってそうだろう。“自分の意思”で、“竜王を殺し”に来たって、今あんたは言ったろ? まさか、オレを
殺せたとしても・・・無事に帰ることはできないことくらい分かってるんだろ。理由があるんだろ? 何か、
そこまでする理由が。」
「・・・・・・。」
確かに、相手の言う通りだった。そして、そのために自分は、既に弟たちを犠牲にしてしまっている。
死ぬ前に一言・・・誰かに自らの思いの丈を打ち明けたくなかったと言えば、嘘になるだろう。だが
それを、暗殺の対象である竜王に語ることに、何の意味もない。
唇を噛み締めたセリエに向かって、相手が何気なく問いかけた。
「ユーニスって・・・知ってるか?」
「先程も、その名を口にしたな。・・・貴様も、ユーニス様のことを知っているのか?」
「様・・・?」
「そうだ。我々一族にとって、ユーニス様はかけがえのないお方なのだ。失意の底にあった我々を、
その昔に救ってくださったのがユーニス様だった。・・・あのお方のお蔭で、今の我々が在ると言っても
過言ではない。」
「そういうことか・・・。」
真面目な顔で頷いた相手は、セリエの背後を指差した。
「それ・・・見てみろ。」
「?」
「それはさ、墓碑なんだ。オレの妻の・・・」
ちらりと背後を振り返ったセリエに向かって、相手が言う。
それは、剣を模った墓標が石の台座の上に立てられた、一風変わった墓碑だった。台座に刻まれて
いた名は、確かに「ユーニス」と読めた。
(まさか・・・ッ!!)
相手は、この墓は自らの妻のものだと言った。しかし、そんなことがあるのだろうか。一族を救って
くれたかつての『明星』が、野蛮で穢らわしい竜の妻になるなどということが。
「偶然だ! 同じ名前の竜だって、いるに違いないのだからな! 私を丸め込もうとしても
無駄だ!!」
「まあ、そりゃそうだけどさ。・・・その剣の、柄の部分をよく見てみろ。」
「柄だと?」
「あんたなら、分かるんじゃないのか? ・・・あの時、ユーニス追放されて家は断絶したんだってな。
だから、今その家紋を使っている家はないはずだ。そうだな?」
「それは・・・」
確かに、墓標の剣にはかつてのユーニスの家紋である五芒星が彫られていた。
アルバ帝国成立と同時に投獄・追放されたユーニスの一族は、その際に全てが処断されていた。
今でも公式には、この五芒星の家紋は恥ずべき叛乱を企んだ家系の象徴として、アルバ帝国内で
使われることはない。従って、南大陸に居を構える竜たちが、そもそもこの家紋を知り得るわけが
ないのだ。そう、たった一つの可能性を除いては・・・。
「まさか・・・本気で言うつもりなのか!? ユーニス様を攫い、妻にしたなどと・・・」
「おいおい。あんたの知ってるユーニスは、そんな人間なのか? ・・・易々と攫われて、その相手に
結婚を強制されて唯々諾々と従うような・・・」
「そんなわけがない! ユーニス様が、そんな・・・!!」
「だよな。」
項垂れたセリエは、小さな声で呟いた。
「では、それは・・・。・・・本当の、話なんだな?」
「ああ、そうだ。」
本来ならば、ここで矛を収めるべきなのだろう。理由は分からないが、ユーニスは自分の意思で
この地を訪れ、そして竜との共存を選んだ。それならば、自分がそれを乱すことは許されない
はずだ。
しかし、それでも。ここまで来て、セリエは後に引くことはできなかった。
帝国が崩壊すれば、再び
北大陸は乱世に戻る。次に出現する中原の支配者が、セリエの一族を庇護してくれるとは限らない。
また、綱渡りの日々に戻るのは何としても避けたかった。
ここで竜王を暗殺し、この地をアルバ帝国の版図に組み込むことができたなら。帝国は、再び昔の
ような豊かで平和な刻を取り戻せるはずだ。そしてそれは、かつてユーニスが思い描いていた夢でも
あるはずだった。
再び短剣を構えたセリエの様子に、相手は肩を竦めた。
「ったく、頑固な奴だ。・・・本当に、あいつにそっくりだな。」
「く・・・このっ!」
そのどことなく嬉しそうな様子が、妙に癇に障った。
顔を赤らめたセリエは、一気に相手との間合いを詰めた。疾風のような連続攻撃に、切断された
肩掛けが宙を舞う。
しかし、相手はその攻撃全てを紙一重で見切り、かわしていく。攻撃こそしてこないが、この竜王は
かなりの遣い手だった。
(今に見ていろ・・・!!)
セリエには“奥の手”があった。右袖に隠し持った二本目の短剣がそれであり、ここぞというときに
それを相手に向かって投げ付けるのだ。どんな手練であっても、短剣一本分の間合いを取っている
限り、この“奥の手”に対応することは事実上不可能なのだ。
(殺った!)
わざと短剣を大振りし、つんのめった格好になったセリエは、振り向きざま二本目の短剣を相手に
投げ付けた。それが相手の額の中央に突き立つと見えた瞬間、そこにあったはずの相手の体が
ふっと掻き消えた。
(な・・・何だと!?)
目を見開いたセリエに影が差す。慌てて視線を上げると、いつの間にか相手の姿はセリエの頭上に
あった。
「悪いな。これが、オレの“奥の手”さ。」
言い伝えでは、竜たちはそれぞれ独自の“術”を操るものとされていた。しかし、今まで相手がその
片鱗さえ見せようとしなかったためか、セリエはすっかりその可能性を忘れていたのだった。
(そうか・・・相手は、竜―――――)
がつん。
後頭部に、鈍い衝撃。ややあって視界が暗転し、セリエは意識を失った。