Cross Colors  プロローグ              エピローグ

Cross Colors


 −プロローグ−

竜都ロアノークは、セルティーク海に注ぐ大河、クレア川の河口にある。
まだ晴れ切らぬ朝靄の中、折りしも開かれたばかりの宮殿の正門に向かって近付く集団があった。
見かけはどうということのない平凡な身なりの人間。それが、男女取り混ぜて五人である。

「止まれ! 何者だ・・・」

衛兵を務める火竜が誰何する。その声が終わらぬうちに、集団の先頭にいた男の懐から光が
飛び出した。

「・・・!」

暗殺用の短剣。頚動脈を掻き切られたその火竜は、一瞬の後血飛沫を上げてその場に倒れ込んだ。

「敵襲!!」

ここに至って、他の衛兵たちもようやく事態を把握したらしい。慌しく警鐘が鳴らされ、城の奥から
次々に衛兵が駆け付けてくる。それを、五人は思い思いの武器を手に片端から斬っていく。あっと
いう間に、辺りには衛兵の死体が山になった。

(弱い・・・竜とは、この程度のものか)

また一人衛兵を斬り捨てながら、五人の先頭にいた青年・・・ルカは心の中で呟いた。
本来自分たちに与えられた任務は、こうして衛兵の注意を惹き付けることだった。元より捨石になる
ことは覚悟しており、生還は期待していない。
だが、肝心の竜の戦闘能力がこの程度ならば話は変わってくる。仮にも竜都宮殿の、正門の守備で
ある。衛兵にもかなりの手練が選ばれているはずだったが、今のところ五人を遮ることのできそうな
相手は現れていない。
もしかしたら、このまま・・・竜王の所まで乗り込み、あわよくば首を奪れるかも知れない。

「―――――ッ!!」

いつしかこの任務を楽観的に考えるようになっていたルカは、背後から聞こえた声にならない悲鳴に
振り向き・・・そして絶句した。

(何!?)

そこに繰り広げられていた光景は、ルカの想像を遥かに上回るものだった。
自分の背後を固めていたはずの部下が、一人また一人と炎に包まれ、また見えない刃によって
斬り刻まれて絶命していく。

(これが・・・)

竜たちの使う術・・・その昔から、人間を南大陸に寄せ付けなかったという力なのか。

(不覚・・・!!)

やはり、敵うはずがなかったのだ。
いつの間にか、残っているのは自分一人になっていた。唇を噛み締めたルカが短剣を構え直したとき、
自分を取り巻く衛兵たちの背後に立っている青年と目が合った。
冷たい目をした黒髪の相手は、細かい装飾の入った胸当てを着けていた。その身なりからしても、ある
程度の身分の相手であることが分かる。

(せめて、あいつを道連れに・・・!)

相手に駆け寄り、短剣を薙ごうとしたルカは・・・その刹那、首筋に鋭い痛みを覚えて目を見開いた。

(そん・・・な・・・)

体から力が抜け、視界が暗くなっていく。
まさか、斬りかかった自分が先に斬られるとは・・・。

(姉者・・・)


  *


斬り捨てた相手を一瞥した近衛隊隊長の暗竜ノクトは、近くにいた風竜のコロンを呼び止めた。

「おい・・・」
「はい、隊長。」
「・・・違う。」
「はぁ? あの・・・」

いつもながらの隊長の寡黙ぶりに、コロンは救いを求めるようにノクトの傍らに目をやった。そこに
立っていた近衛隊副隊長の光竜エクルが、頷くと口を開いた。

「そうね。まず、暗竜・光竜それぞれの術士に、城内に怪しい人物が入り込んでないか術で気配を
探るように言ってね。それから、竜王陛下には身辺にくれぐれも気を付けられるよう申し上げて。」
「は・・・あの、警戒ですか?」
「そうよ。この人数でまさか宮殿を攻め落とそうと考えていたとは思えないし、正門から堂々と
斬り込むってのも変でしょ? 多分これは陽動で、その隙に誰かが城内に忍び込んだ可能性が
高いから。・・・って、ノクトは言ってるわ。」
「はあ・・・。」

そっぽを向いたままの近衛隊隊長の方を呆れ返った顔で一瞥したコロンは、真面目な表情になると
視線をエクルに戻した。

「ですが、それならば陛下には我々が身辺警護を行った方が・・・」
「アイザック王は、そういうのがお嫌いなのよね。多分、煙に巻かれるのがオチでしょう。」
「確かに・・・。わかりました。では、そのように。」
「早いところ、お願いね。」
「はい!」

風竜術で飛び立つコロン。それを見送っていたエクルは、傍らに立っていたノクトの方を振り向いた。

「さ、あたしたちも戻りましょ。この騒ぎで、たくさんの兵士が斬られてしまったし・・・その手当ても
しないとね。」
「・・・すまん。」
「ううん、いいの。これは、あたしが好きでやってるんだから。それに、いざとなったらノクトが守って
くれるでしょ?」
「・・・・・・。」

無言で頷いたノクトに向かってにっこりしたエクルは、すっと表情を引き締めると辺りに放置された
ままの敵兵の死体に目をやった。

(本当に・・・何事もなければいいけど)


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