Cross Colors
プロローグ
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6
エピローグ
−5−
「全軍、配置につきました。」
「そうですか。・・・合図があるまで、こちらからは手を出さないように。それを、各隊に徹底させて
ください。」
「はっ!」
伝令兵が駆け出していく。指示を出し終えたアルバ帝国軍総大将のゼナスは、馬上より再び南方に
目をやった。
ローランド平原のほぼ中央を南北に横切るサード川。その向こう岸に集結した反乱軍は、その軍装も
武器もまちまちで、お世辞にもまとまった“軍”とは言い難い。しかし、その陣から横溢する「気」は、
帝国軍のそれを遥かに上回るものだった。
初代、そして二代皇帝の度重なる暴政。それに耐えかねた民が各地で蜂起したのは二月前のこと
だった。帝国東部のコグリアルやリノヴェスタといった諸都市はたちまち反乱軍に席巻され、その
規模も見る見るうちに膨れ上がった。勢いを増す一方の反乱軍が東部地方の中核都市である
グランフォードを窺うに至って、ようやく帝国側も正規軍を派遣することを決定。こうして今、タペラ州
中央に広がるローランド平原で両軍は睨み合いを続けている。
単に数字だけ見れば、圧倒的に優勢だった。集結した軍勢は、アルバ帝国側二十万に対し反乱軍
側は五万足らず。装備の面でも正規軍であるこちらの方が上であり、周囲の将軍たちも、また帝の
周囲の廷臣たちも、この戦いの先行きについては楽観的な見方をする者がほとんどだった。
しかし、帝国軍は所詮は寄せ集めだった。帝やそれに近い血筋の者たちからなる譜代の家臣団。
それらの率いる兵は、せいぜい今の反乱軍と同じ五万程度のものでしかない。残りは、帝国の武力に
恐れをなした豪族たちがいやいや供出したものだった。戦意も低く、実戦でどれほど役に立つかは
分からない。
それだけではない。
このアルバ帝国は、言わばその立役者である「明星のユーニス」の類稀なる人格に惹かれて集った
人々によって作られたと言っても過言ではない。とくに地方の豪族にその傾向が強く、かつてその
ユーニスを追放した王家に対する不満や不信が根強く残っていることもゼナスは知っていた。
これでは、兵の士気も上がろうはずがない。
もし、緒戦で無様な負けを喫するようなことがあったら。
帝国軍側からは離反が相次ぎ、一方の反乱軍側には日和見の豪族たちが加わり、彼我の戦力差が
逆転するのは目に見えていた。しかし、これほどの危機感を持ってこの戦いに臨んでいる者が、
果たしてこの中に何人いるものか。見かけほど、この戦は楽ではない。
(やはり、わたしには荷が重い・・・)
『明星』ユーニスの働きによって、ついに統一されたアルバ帝国。
そのユーニスの幼馴染でもあったという初代皇帝だが、かつては穏やかだったというその性格は、
帝になる頃には見る影もなかった。憑かれたように南大陸への遠征軍を繰り出し、それによって
国力は大きく疲弊した。
その崩御の後立った二代皇帝も、廷臣たちの操り人形と化していた。暴政に次ぐ暴政によって国は
大きく乱れ、それを見かねて立ったのが今の三代目、ランドール帝だった。二代の叔父に当たる
ランドールは、実質クーデターのような形で帝位を手にすると、間髪入れずに宮廷内を粛清し、かなり
強引な形でアルバ帝国の建て直しと引き締めを図ろうとしていた。その矢先に起こったのが今回の
反乱騒ぎであり、それに対処するために新たに帝国軍の司令官に任命されたのがゼナスだった。
もちろん、経験豊富な他の将軍たちを差し置いて、女である自分がこの時期にこのような大役を
任されたのは、かつての救国の英雄ユーニスにあやかってであることをゼナスは充分承知していた。
無論、自らも十年以上に亘って戦場に身を置いてきたこともあり、兵の指揮には自信があった。だが、
自分の性格には果敢な部分がなく、どちらかというと城を守るといったような堅実な戦が合って
いるのだ。こうした天下分け目の戦で目を瞠るような指揮をすることなど、とても叶わないだろう。
「敵先鋒、動き出しました!」
(・・・!)
物思いに沈んでいたゼナスは、斥候の声に目を上げた。
まだ遠いが、立ち上る土煙は確かに敵軍が動き出したことを示していた。
勝った先に、何があるというわけでもなかった。反乱軍の兵も、元はと言えば同じアルバ帝国に属する
者たちなのだ。ここでお互いに血を流すことに、何の意味もない。それでも、国を・・・そして帝を守る
ために、やらねばならないのか。
迎撃の命令を出すべく、ゼナスは重い口を開こうとした。・・・その時である。
(虹・・・!? いや、違う!)
急に辺りが暗くなったかと思うと、平原中央の空に俄かに光のカーテンが現われたのだ。赤・青・緑・・・
と目まぐるしく色を変えるそれは、正にオーロラと呼ぶべきものだった。
しかし、オーロラとは。極北の地で、それも運が良くなければ目にできないはずの現象である。呆気に
取られて空を見つめる両軍の将兵に向かって、やがて平原中央から朗々とした声が響き渡った。
「両軍の指揮官に告ぐ! 私は南大陸、真竜族の国家フェスタを率いる竜王アイザックで
ある!!」
(竜王・・・ですって!?)
相手の名乗りに、ゼナスは息を呑んだ。
南大陸に、竜や魔獣と呼ばれる異形の住人が存在するということはゼナスも知っていた。しかし、有史
以来人間側が一方的に南大陸に攻め込むことを繰り返しており、逆にそれらの種族が北大陸へ侵攻
してきたという記録はなかったはずだ。しかし、この超常現象は、紛れもなくその名乗りが真実である
ことを物語っていた。
もしや、その“方針”がついに覆ったのか。青ざめたゼナスは、竜王の次の言葉を耳にして今度は目を
剥くことになった。
「両軍に和解を要求する! この場は一旦矛を収め、話し合いによる解決を目指されたい!!」
この突拍子もない申し入れに、両陣営がざわついた。本来は北大陸の戦乱には無関係のはずの竜に
よる、突然の和解要請なのである。当然といえば当然の反応だった。
「こちらの要求が容れられれば良し、さもなくば・・・我らが両軍を相手にするまでである。」
その言葉と同時に、地響きと轟音が平原を揺るがした。平原の北東にあった、高さ二百リンクは下ら
ない山が木っ端微塵になるのを目の当たりにして、ざわついていた両陣営は途端に死んだように
静かになった。
「なお・・・これは、今は亡き明星ユーニスの遺志に基づくものである。今後、北大陸の戦乱に
我らが介入することは決してない。・・・得心が参られたら、両軍の指揮官には平原中央まで
ご足労願いたい。」
いつの間にか、暗くなっていた空は元に戻っている。最後に竜王が口にした“ユーニス”という言葉に、
両陣営の空気からは既に殺気が失われていた。
ただ一騎、ゼナスは会見に赴くために馬首を廻らせた。その様子に気付き、副官が慌てて彼女を
押し止めようとする。
「しょっ・・・将軍! 危険過ぎます!!」
「行くしかないでしょう。・・・今の攻撃を見てまだ戦意がある者がいれば、それは余程の大馬鹿者
でしょうから。」
「しかし・・・」
「わたしに何かあれば、クライド将軍が指揮を執ることになっています。・・・もっとも、その必要はないと
思いますが。」
「・・・・・・。」
「話し合いの間、兵を絶対に動かさないこと。それを、全軍に徹底させておいてください。」
それだけ言ったゼナスは、馬首を南に向けると鞭をくれ、平原中央に向かって駆け出した。