Cross Colors
プロローグ
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エピローグ
−6−
単騎で平原の中央に向かったゼナスを、銀髪で長身の男がたった一人で出迎えた。王にしては若い方
だろう・・・人間で言えば、四十前といったところだろうか。
竜王は、特に武器を帯びている様子ではなかった。少し離れたところに、これも竜らしき十人ほどの
人影があったが、剣らしきものを帯びているのはその中の三人だけで、これも護衛というよりは従者と
いった方が近い気がする。
「ご足労を感謝する。私がフェスタの竜王、アイザックだ。」
「アルバ帝国大将軍の、ゼナスです。」
「・・・解放軍主将のバーンハードだ。」
竜王の前で向かい合う格好になったゼナスとバーンハードは、顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。
今は敵味方に別れてしまってはいるものの、元はバーンハードも帝国の将軍であり、お互い
顔見知りの間柄なのだ。
苦々しい表情を浮かべたバーンハードが、用意された椅子に腰掛けるなり竜王アイザックに食って
かかった。
「しかし、一体・・・どういうことなのだ? いきなり現れての休戦要求とは。我らがいかように争おうとも、
そなたたち竜には関係ないことではないのか?」
「感傷と受け取ってくれて良い。私の妻は人間だった。名を・・・ユーニスという。」
「なんと・・・!」
「妻が逝ってから、もうすぐ二十年になる。そんな折、この戦いのことを耳にした。・・・妻の作った国が
なくなるのは、見るに忍びない。」
遠い目をしていた竜王は、ここで二人を鋭い目で等分に見据えた。
「目指すところは、殺し合いではないはずだ。同じ国の住民なのだからな。・・・両名には、理性的な
話し合いを望みたい。」
「しかしだな! 我らは、帝国の暴政に耐えかねて立ち上がったのだ! いくらユーニス様の
遺志とは言え、ここでむざむざ矛を収めるわけには行かぬ!!」
「・・・と、解放軍の主将は言っているが。帝国軍側はの回答はどうだ?」
竜王に促されたゼナスは、ややあってゆっくりと自分の考えを述べた。
「・・・初代、そして二代皇帝の為したことについては、否定は致しません。必要があれば、謝罪や
補償を行うことも必要だと、わたしは考えています。」
「それは殊勝なお言葉だ。だが、残念だが保証がない。・・・我らも、民の期待を一心に背負って
ここまでやってきたのだ。それを納得させるだけのものがなければ、休戦に応じることはできぬ。」
「分かっています。ではまず、そちら側の要求をお聞きしましょう。」
「タペラ以東の二州の帝国からの独立。そして、この二十年に帝国が民から不当に奪った富と生命。
それに相当する補償と、心からの謝罪を要求する。」
間髪入れずに言い放つバーンハード。その瞳には、色濃い不信が滲んでいた。
無理もない話だった。例えどんなに道理に叶った話であっても、古今の権力者が民からのこうした
要求に応じた試しはない。それを知っているからこそ、民は「反乱」という最後の手段に訴えて
いるのだ。
だが、この突拍子もない要求に対して、ゼナスはあっさりと頷いた。
「承知しました。では、帝都に戻ることができましたら、わたしから帝には帝国東部の自立を認め、また
補償と謝罪に応じるよう申し上げてみます。もしそれが実現・・・あるいはその目処が立ったら、軍を
退いていただけますか?」
「な・・・なんと。ゼナス殿、本気で申されているのか・・・?」
「わたしは本気です。そうしなければ民が収まらないことくらい、わたしにでも分かります。」
「・・・では、我らの要求が容れられぬ時は?」
「我が一命を賭して、受け入れられるよう取り計らいます。帝も、現在の情勢で軍が衝突すれば、
帝国側が圧倒的に不利であることはご存知なのです・・・きっと、分かってくださいます。」
「・・・・・・。」
腕組みをした竜王は、目を閉じて二人の会話にじっと聴き入っている。ここで席を立ったゼナスは、
バーンハードに向かって微笑んだ。
「我々は明日、グランフォードから撤退します。話がまとまるまで、解放軍をまとめてグランフォードに
駐屯されるとよいでしょう。それまで、軍を解散する必要はありません。また、こちらから解放軍を決して
攻めないというお約束も致します。・・・これで、休戦を呑んでいただけますか?」
「あ・・・ああ。それならば、間違いなく皆を納得させることができると思う。・・・しかし、グランフォードを
明け渡すとは・・・」
「今お約束した通りになるのなら、タペラは帝国から独立することになります。その州都、グランフォード
を解放軍に明け渡すのは、当然ではないでしょうか。」
「・・・交渉成立だな。これで、無用の流血はひとまず避けられた。・・・両名には、感謝の意を
表したい。」
竜王の言葉に、二人が頷く。踵を返したゼナスは、後ろを向いたまま立ち止まると、バーンハードに
呼びかけた。
「では、バーンハード殿。次にお会いするときは、刃ではなく・・・杯を交わしたいものですね。」
「ああ・・・そうだな。」
「きっと、そう遠い日のことではありませんよ。」
これで、反乱軍との全面衝突はひとまず避けられた。今回、反乱軍の要求を一方的に呑んだことで、
これからも帝国に不満を持つ豪族たちを相手に困難な交渉が続くことになる。しかしそれでも、帝が
殺され、国が滅ぶことよりは余程いい。
今後、タペラ・アントリムの東部二州の独立を皮切りに、他の諸州の帝国からの独立の動きが活発に
なるだろう。しかし、それを止める力は、疲弊し切った今の帝国にはない。それならば、無理に引き
止めることはない。双方が納得した上での独立ならば、すぐに中原が乱世に戻るということもない
だろう。
それでも、今回の交渉について、自分は帝国内で「裏切り者」という烙印を捺されることになるだろう。
例え帝が納得してくれたとしても、帝国の栄華を偲ぶ廷臣たちにとって、今回自分が行った交渉は
売国行為そのものだろうからだ。
それならば。その不満の捌け口として、自分が処断されればいいだけのことではないか。それが、
力及ばずながら大将軍に任じられた自分に与えられた、最後の役目なのだろう。それでこの大陸から
戦乱の火種を消すことができるのならば、安いものではないか。そしてそれが、自らが尊敬して
止まないかつての『明星』の夢でもあったのだろうから。
愛馬に跨り、鞭を入れる。自陣に向けて馬を駆けさせながら、ゼナスは晴々とした表情を浮かべて
いた。