WHITE MANE
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翌朝。社で待っていたユスナに連れられたコノは、深い森の中を歩いていた。
生まれたときから山深い村で育ってきたコノにも、見たことのないような鬱蒼とした密林がどこまでも
続く。絡まりあった蔦、隙間なく生い茂る木々・・・どう見ても無事に人が通り抜けられそうには見え
なかったが、ユスナが近付くと草木は嘘のように道を開けるのだった。
コノは歩きながらちらりと振り返ってみたが、今しがた通ったはずの二人の背後には、既に道は
なかった。
(やっぱり、神さまなんだ・・・)
見かけは人間である自分と殆ど変わらない。明るい場所で改めて見ると、ユスナという山の神は深い
緑の髪と瞳を具えていた。それはまさに、森の化身に相応しい。
ユスナは、自分を“里”へ連れて行くと言った。やはり、神にも決まった棲処があるものなのだろうか。
自分はこの後、一体どうなるのだろうか。いくら人間然としていても、相手は山の神なのである・・・
やはり、言い伝えにあるように生きたまま食べられてしまうのかも知れない。もしかすると、“里”に
自分を連れて行くのは、仲間とそれを山分けするつもりなのかも―――――
「はい、着いたよ。」
「・・・え?」
鬱々とそんなことを考えながら歩いていたコノは、ユスナの声に顔を上げた。
「僕らの里に、ようこそ。」
「わぁ・・・」
にっこり笑うユスナ。その背後に広がっていた景色に、コノは目を奪われることになった。
そこは、森の中にぽっかりとできた空洞のような場所だった。
コノの村よりも、二回りは広いだろうか。“里”のほぼ中央には小さな広場があり、それを囲むようにして
何棟かの石造りの建物が建てられているのが見えた。
そこから外側に移るに従って、畑や果樹園の類が目に付くようになる。その中で働く住人の姿も
ぽつぽつと見られたが、コノの村では当たり前だった馬や牛といった家畜の姿はない。畑の間には
網の目のように小川が流れており、作物を育てるのに適した場所であることがすぐに分かった。
(な・・・なんだべ、あれは!?)
続いて“里”を取り囲む森に目をやったコノは、見慣れないものを目にして口をあんぐりと開けた。
そこかしこに、大きな植物が見える。“里”の外周に沿って生えているそれには、カボチャのような
格好をした色とりどりの“実”が生っていた。その大きさは驚くべきもので、大きいものでは高さが
コノの背丈の三倍はあるようだった。
目を凝らすと、実の所々に窓や扉のようなものさえ見受けられる。まさか、あの“実”は神々の家に
なっているのだろうか。
「後で、里の中はゆっくり案内するから。とりあえず、僕の家に行こう。」
「あ・・・はい。」
ユスナに手を引かれて歩きながら、コノは“里”の天井を見上げた。
周囲の森から張り出した木々の枝の隙間から、青空は僅かに覗いているだけである。そこから
射し込む木漏れ日によって、“里”は神秘的な雰囲気に満ちていた。
もし空から探したとしても、ここを見付けるのは困難だろう。
(隠れ里・・・ってのは、こういうのを言うんだべな・・・)
「あ、長だ!」
「お帰りなさいませ・・・ユスナ様。」
「ご無事で何よりです。」
「ああ、心配をかけて悪いね。」
二人に気付いた“里”の住人が、笑顔で近寄ってくる。そんな皆に向かって、ユスナは気さくに言葉を
返している。
集まってきた住人は、老若男女の区別なく、皆ユスナと同じ深い緑の髪と瞳・・・そして大きな耳と
二本の角を具えていた。ぱっと見ただけでは普通の人間の村と変わらぬ佇まいにも思えたが、
やはりここは“神の里”だということなのだろう。
「ユスナ様、それは・・・?」
「まさか、人間ですか?」
「へえ・・・あたし、人間って初めて見たー!」
(ひっ・・・!)
ユスナの背後ですっかり小さくなっていたコノに気付くと、好奇心に目を輝かせた“里”の住人たちは
コノを取り囲んだ。そんなコノを庇うように立ったユスナが、住人たちに向かって道を開けるようにと
手で合図する。
「そ、そのまさか。事情は後で説明するから、とりあえずここを通してくれるかな。」
「ちぇっ・・・つまんないの。」
「ふふ、まさか長が人間を拾ってくるなんてね・・・守長との対決が見物ね〜。」
「あ・・・もしかして!」
楽しそうに囁き交わしていた住人たちは、ユスナの言葉を聞くと素直にコノを解放し、歩き出した二人を
見送った。村の中心の方から駆けてきた青年が、それを無視して素通りしようとしたユスナの肩を
掴んだのはそのときだった。
「兄さん!」
立ち止まったユスナは、振り向くと苦い顔でその手を払った。
「あーあーもう、面倒な話はあとあとあと。」
「待ってよ、兄さん! また面倒なことを里に持ち込んで・・・!」
「セーリ、長老たちには二時間後に公会堂に集まるように言っといてくれ。それから、ミンカにすぐに
僕の家に来るように伝えてくれ。」
「あ・・・ああ、うん。分かったけど・・・」
「詳しい話はそこでする。じゃあ、また後で。」
追い縋ろうとした青年・・・セーリに有無を言わさぬ口調でそう告げたユスナは、コノの手を取ると再び
村の中心へ向かって歩き出した。数分後、二人が立ち止まったのは、一際大きな赤い“実”の前
だった。
「さあ着いた。ここが僕の家だよ。」
やはり、これは家だったのだ。
口をぽかんと開けて家を眺めているコノに向かって、一足先に梯子を上っていたユスナが笑いかける。
「ああ、驚いたかい? 普通に家を建ててもいいんだけど、ちょっと面倒だし・・・僕らの力を使えば、
これくらいは朝飯前だからね。」
「あの・・・はあ。」
「さあ、おいで。大丈夫、中は普通の家と変わらないから。」
「・・・・・・。」
実の側面につけられた扉をくぐり、ユスナの後から家の中に入る。見かけよりずっと広い“実”の内部は
いくつかの部屋に分かれ、そのそれぞれが扉や簾といったもので区切られていた。
こんなにたくさんの部屋がある家は、コノの住んでいた村には殆どなかった。物珍しそうに辺りを
見回しているコノに、先に居間に入ったユスナが声をかける。
「さあ・・・いつまでも玄関に突っ立ってないで。こっちへおいでよ。」
「は・・・はい。おじゃまします。」
我に返ったコノは、こうしてユスナの家の居間へと招き入れられたのだった。