WHITE MANE
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その日から、コノの“里”での生活が始まった。
元々武芸や力仕事が苦手だった分、家事は得意だった。そのため、村での生活と異なる部分は
殆どなかった。違う部分と言えば、毎日着ている服が女性用のものになったことくらい。口調さえ、
そのままで何の違和感もない。
身近で暮らしてみると、ユスナは出会った当初コノが抱いた印象通りの、明るく楽しい性格の持ち主
だった。
共に生活するうち、徐々に当初の緊張が解れてきたコノにも笑顔が見られるようになった。そんな
二人の仲睦まじい様子に、初めはどうなることかと固唾を呑んで見守っていた里の皆も安心した
らしかった。
こうして、あっという間に一月が過ぎ去った。
昨日から、結婚後初めてユスナは家を空けていた。少し遠い場所に、泊りがけで行かなければ
ならない用事があるのだという。
一人で住むには、やはりこの家は広過ぎた。早目にその日の家事を済ませてしまったコノは、
家の前に設えられた梯子に腰掛け、得意の笛を吹きながら彼の帰りを待っていた。
(・・・!)
どさり・・・という音に、コノは笛を吹くのを止めた。下を向いたコノの目に、自分のことを呆然と見上げて
いるユスナの姿が映る。
傍には、いつもユスナが肌身離さず持ち歩いているあの麻袋が落ちている。どうやら、先程の音はこの
袋を取り落とした際のものらしい。
「・・・おかえりなさい。」
やはり、一人で残されるのは心細かった。ホッとして笑顔を見せたコノは、急いで梯子を駆け下りると、
ユスナの前に立った。
「ユ・・・ユスナ?」
しかし、いつもは快活に「ただいま!」と挨拶を返してくれるはずのユスナは、この日に限って黙った
ままだった。
「ユスナ!? ど・・・どうかしたの・・・!?」
小首を傾げたコノは、ユスナの頬を伝う一筋の涙を見て驚きに目を瞠ることになった。そんなコノを、
ユスナは何も言わずに強く抱き締めた。
「痛い・・・ユスナ、離して・・・」
「どう・・・して・・・」
「え?」
コノをじっと抱き締めたままのユスナの唇から、切れ切れの呟きが漏れる。
「どうして・・・僕を置いて・・・逝ってしまったんだ・・・?」
「ユ・・・ユスナ?」
「・・・ジュラ・・・」
「・・・!!」
ユスナが口にした名前には覚えがあった。それは、かつて村長が死んだ母の名としてコノに告げた
もの。・・・しかし、何故ユスナがそれを知っているのか。
「は・・・離してっ!」
次の瞬間、コノは思わずユスナを突き飛ばしていた。
地面に尻餅をついたユスナの腰の辺りから、見覚えのあるシルエットが地面に転がり落ちる。
(なんだべ・・・笛?)
それを拾い上げたコノは、我が目を疑った。
手の中にあったのは、見慣れた笛だった。今まで自分が手にしていたものと、寸分違わない竹笛。
・・・それは、山の民だけに伝わるもののはずだった。
そして、そこに刻み込まれていた名前。月明かりの中・・・それは確かに“ジュラ”と読めた。
(・・・!?)
「これは・・・母さまの・・・!?」
「・・・・・・。」
「ユスナ! どうして・・・どうしてあなたが、これを持ってるの!?」
「・・・・・・。」
コノは、夢中でユスナの肩を掴んで揺さぶった。しかし、突き飛ばされたユスナはそのまま顔を上げ
ようとしなかった。
ユスナが笛を吹けるという話は聞いていない。どう考えても、彼がこの笛を持っているのはおかしい。
だが、母が持っていたはずの笛は、確かにここにある。これは、一体どういうことなのか。
「・・・・・・。まさか・・・!」
コノの脳裏を、恐ろしい想像が過ぎった。
自分の両親は、幼い日に起こったという山津波に飲まれて死んだという。・・・もしかして、それはこの
“山の神”の仕業だったのではないか。
そうだ。父と母は・・・ユスナに殺されたのだ。
「・・・ッ!!」
このままでは、自分も何をされるか分からない。
全身から血の気の引くような恐怖を覚えたコノは、身を翻すと“里”の外れに向かって一散に
駆け出した。