WHITE MANE
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「これは・・・」
「そう、ここからはあなた次第。」
振り向いたミンカは、いつになく真面目な表情だった。
「その道を歩いていけば、里から外に出られるわ。・・・もちろん、ここには二度と戻ってこられない
ことは、分かっていると思うけど。」
「・・・・・・。」
「初めに言っておくけれど・・・コノ、あなたにも、あなたのお母様と同じように術士になれる素質が
あるわ。そう・・・私たち、木竜の術士にね。」
「お・・・おらが!?」
「ええ。大兄様があなたと結婚するって言い出したとき、結局里の皆が納得したのはきっとそのせい。
・・・もちろん、ジュラによく似ていたというのもあると思うけど。」
(そう・・・だったんだ・・・)
あの日、ユスナが言っていた“君だから”の意味。・・・このことは、できればユスナ自身の口から言って
もらいたかった。
俯いたコノに向かって、ミンカは言葉を続ける。
「里長を助ける役目の者としては・・・正直、あなたに術士になってもらって、私たちの子孫を守り育てて
もらいたいと思ってる。」
「・・・・・・。」
「それから、大兄様の妹として言わせてもらえるなら・・・大兄様のために、あなたには大兄様の傍に
いてもらいたいの。今あなたまで失ったら、それこそ大兄様はおかしくなってしまうと思うし・・・。」
「でも・・・」
「そうね・・・。大兄様は、あなたの中にあなたのお母様を見ているのよね。自分が、他人の代わりに
される・・・それがどんなに辛いことかも、よく分かるから。」
ここまで言ったミンカは、コノに背を向けた。
「言いたいことは、言ったわ。・・・どうするのかは、あなたが決めるの。」
「おらが・・・。」
「ええ。それについて、私は何も言うつもりはないわ。」
「・・・・・・。」
「コノー!」
大声で、自分の名を呼ばれるのが聞こえた。
声の方を振り向いた二人の前に、このときになってようやくユスナが駆け付けてきた。恐らく、我に
返った後・・・“里”の方々を探し回っていたに違いない。
「コノ・・・。さっきは悪かった。この通り、謝るよ。」
「ユスナ・・・。」
「だから、一緒に帰ろう。」
深く頭を下げたユスナは、息を弾ませたままコノを食い入るように見つめている。
(ユスナ・・・)
この“里”のことは好きだった。穏やかで豊かな環境に、気さくな住人たち。
そして、ユスナがいた。彼との生活は、ずっと身寄りがないまま生きてきたコノにとって、かけがえの
ないものになっていた。生まれて初めて、“家族”と共に過ごす時間。失いたくない・・・という思いは
強くある。
その一方で、コノは自分の立場にどこか不安と物足りなさも感じていた。
何の不自由もない生活。しかしそれは、この“里”の長であるユスナの力があってのものだった。
できれば、一方的に庇護を受けるのではなく、自分の足で立っていたかった。そして、ユスナにも、
母の代わりではなく・・・一人の人間、“コノ”として必要とされたかった。
(・・・・・・)
頷いたコノは、ユスナに背を向けると森の中へと続く道に向かって歩き始めた。
「待ってくれ・・・コノ! 君まで・・・僕を置き去りにするのか!?」
「おらは、母さまのかわりには・・・なれません。」
「コノ!?」
振り向いたコノは、ユスナの目をじっと見つめた。
「コーセルテルに行って、術士に・・・なります。」
「え・・・?」
「・・・お世話になりました。」
ここまで言ったコノは、二人に向かって小さくお辞儀をすると、森の中へと駆け込んでいった。
「コノ・・・!」
コノに向かって手を差し伸べた格好で、ユスナががっくりと項垂れる。しばらくの間、そんなユスナの
様子を眺めていたミンカは・・・やがてわざとらしく溜息をついてみせた。
「本当、大兄様って時々・・・とんでもなく鈍いわよね。」
「ミ・・・ミンカ?」
「あの子を無断で里に連れてきた時みたいに、もっと大胆になったらどうなの!? 本当に、肝心な
時にはいつもいつも・・・大兄様の悪い癖だわ!」
「一体・・・何の話だ? 僕は、捨てられたんだぞ・・・?」
「もう! あの子が何と言ったか、聞いてたんでしょ!?」
「ああ・・・。ここにはもう、いられないと・・・」
「違うわ!」
項垂れたままのユスナに向かって、ミンカは容赦なく決め付けた。
「あの子は、“コーセルテルで術士になる”と言ったの! ・・・大兄様、コーセルテルのこと、何か
あの子に教えたの?」
「いや・・・。」
「大兄様ならそうよね。・・・つまりあの子は、コーセルテルのことは、その名前以外何一つ知らないって
ことよ。場所さえ知らないのに、どうやってそこまで行くつもりなのかしらね!」
「・・・あ!」
「それに。」
腰に手を当て、ユスナを睨み付けていたミンカは、ここでふっと笑顔を浮かべた。
「例え無事辿り着けたとしても、誰か補佐してくれる相手がいないんじゃ・・・一人前の木竜術士には
なれないでしょ?」
「ああ・・・うん。そうだ・・・そうだよな。」
「だ・か・ら! ほら、早く追いかけてあげて!」
「ミンカ、お前・・・」
「ほら、忘れ物だよ・・・兄さん。」
「!」
不意に背後からかけられた声に、ユスナは驚くと振り向いた。
そこに立っていたのは、かつてコーセルテルで共に育ったもう一人の兄弟・・・セーリだった。
「こんなものを置いていかれたんじゃ、ぼくまでみんなから白い目で見られちゃうじゃないか。」
セーリが差し出したのは、いつもユスナが肩から提げていたあの麻袋だった。袋をユスナに手渡し
ながら、セーリは片目をつぶってみせた。
「里のことは、任せてよ。ちょっと頼りないかも知れないけど、ぼくだってコーセルテル育ち。きっと
みんなも、納得してくれるさ。」
「お前たち・・・。すまん、この埋め合わせはいつかきっとする。」
「もう、らしくないわね! 大兄様は、いつも通りへらへら笑ってればいいのよ!」
「ははっ・・・こりゃ参ったな。」
二人に向かって深々と頭を下げたユスナは、ミンカの言葉ににやりと笑った。その瞳に、この一年
見え隠れしていた憂鬱な影はもうなかった。
「今度は、ちゃんと自分の気持ちを・・・伝えるのよ?」
「いい結果を、待ってるからね!」
「ああ・・・分かってる。分かってるさ! じゃあな!」
小さく手を上げたユスナは、身を翻すと森の中に消えていった。その後姿を見送っていたミンカの肩が
小さく震えていることに気付き、セーリがそっと尋ねる。
「これで、よかったのかい?」
「ええ。・・・これが、大兄様のためよ。」
「ミンカ・・・。君、もしかして・・・」
振り向いたミンカは、セーリに向かって輝くような笑顔を浮かべてみせた。
その瞳から零れ落ちた涙が、月の光にキラキラと煌く。
「泣いてなんか、いないからね! さあ、帰りましょ!」
この日も、月の綺麗な夜だった。
先代の木竜術士が死んでから、そろそろ一年になる。しかし、次の木竜術士が現れるのも・・・
もうじきのことだろう。