EARTH BEAT
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途切れていた意識が、少しずつ戻ってくる。薄目を開けたティエンは、そのままぼんやりと部屋の
天井を眺めた。背中には、冷たく固い石の感触がある。
(ここは・・・?)
最後の記憶は、戦場のものだ。
ティエンが行動を共にしていた先鋒の部隊は、突入してきた敵兵の剣の一振りで総崩れになった。
辛うじて背後の土塁に逃げ込むことはできたが、次の瞬間その土塁自体が粉々に吹き飛ばされた
のだ。
自分に向かって降りかかる、大量の土砂。周囲で一斉に上がった阿鼻叫喚は、今でも耳に残って
いる。視界が闇に閉ざされ、呼吸もままならず・・・ここから自分の記憶は途絶えていた。
しかし、自分はこうして生きている。
もしや、あれは夢だったのか。すると、ここは帝都のどこかなのだろうか。
(・・・・・・)
今からおよそ三百年前、北大陸において有史以来初の統一国家が誕生した。絶大な武力を誇り、
「神皇」と呼ばれた初代皇帝の名前から、その国は「神聖タイラント帝国」と呼ばれることになった。
時は流れ、やがて北大陸にも群雄割拠の時代が訪れた。その戦乱の世を再び斬り従え、神聖
タイラント帝国を再興した英雄がいた。
驍将リアン・イレクラスト。元はオーセルトのしがない一豪族だった彼を盛り立て、再度の大陸統一と
いう偉業を成し遂げさせた最大の功労者が、宰相のティエンだった。
帝国再建が成った今、ティエンには新たな任務が与えられていた。そのために訪れた南大陸で遭遇
した、遠征軍の不慮の崩壊。・・・とにかく今は、自らの置かれた状況を把握するのが先決だった。
「気付いたか。」
涼やかな声に、ようやく床に身を起こしたティエンはそちらを振り向いた。
「戦場から戻ったばかりでな。このような姿で、失礼する。」
「・・・!!」
やはり、あれは夢ではなかったのだ。
ティエンの視線の先には、見覚えのある人影があった。
全身にまとった、純銀の煌きを放つ鎧。兜の代わりなのか、額は紫水晶をあしらった風変わりな鉢鉄で
覆われている。肩に担いでいた、身長の倍はありそうな大剣を無造作に傍らの机の上に投げ出し
ながら、相手は唖然とした様子のティエンに向かって小さく頭を下げる仕草をした。
(女・・・!?)
驚くべきは、相手の姿形がまだ年端も行かぬ少女のそれだったことだ。
背丈は、決して大柄とは言えないティエンの肩まであるかどうか。大の男でも音を上げそうな全身鎧を
顔色一つ変えずに着こなしているが、随所から垣間見える細い首やほっそりとした体つき・・・そして、
ティエンに真っ直ぐに向けられている目鼻立ちは、明らかに女のものだった。
まだ幼さを残す外見や声に、威厳のある態度と老成した言葉遣い。そのアンバランスさが、他を圧する
ような雰囲気を生み出している。
「妾は、ガリアティード。現在、我等真竜族の長を務めている者だ。」
「・・・・・・。」
「まず、名を聞かせて貰おうか。」
「・・・何故、私を殺さない。」
相手の問いには答えず、ティエンが尋ねる。その様子に、ガリアティードと名乗った竜の目が不快
そうにすっと細められた。
「勘違いするな。」
「うぐああッ!!」
次の瞬間、床に叩き付けられたティエンは大声で悲鳴を上げた。何をされたというわけでもないのに、
身体に加えられる力が刻一刻と大きくなっていく。それはまるで、見えない手で押さえ付けられている
かのようだった。
(な・・・何だ!? 身体が・・・動か・・・!!)
「貴様を殺すことなど、妾にとっては造作もないことだ。」
「あ・・・あがあぁッ・・・!!」
「これは、憐憫ではない。貴様等人間の強欲さ、身勝手さには吐き気がする。貴様等の不意討ちに
よって、妾の仲間にも少なからぬ犠牲が出ている。本来ならば、人間であり仇である貴様のことは、
八つ裂きにしても飽き足りぬ。・・・しかし、妾は軍人だ。兵ではない者の命を奪うことは、妾の信条に
反するのだ。だから、殺さぬ。」
「う・・・うぐ・・・ッ・・・」
ここでようやく目に見えない力から解放されたティエンは、身を起こすこともできずに荒い息をついた。
どうやら、全身の骨に数箇所ひびが入ったらしい。
激痛から気息奄々となっているティエンの様子には目もくれず、ガリアティードは淡々と言葉を継いだ。
「この地から、北大陸への道は遠い。船も持たぬ貴様には、彼の地に帰る術もあるまい。しばらく、
この地で我等と共に暮らすがよい。」
「ま・・・待て・・・!」
「敵である貴様等人間について、色々と知りたいこともある。いずれ、話をすることもあろう。」
「・・・―――――ッ!」
余りの痛みに目が霞む。ティエンの意識は、ここで再び途切れたのだった。