EARTH BEAT
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「今度は、こちらから一つ尋ねたい。構わないかな?」
「何だ? 改まって。」
「ガリアティード。お前は、一体いつまでこのような境遇に甘んじているつもりなんだ? “姫将軍”という
呼び名はいいが、その実は長老たちに良いようにこき使われているだけではないか。」
「何い!?」
ティエンの揶揄するような言葉に、ガリアティードの形の良い眉がたちまち跳ね上がった。
「お前は、妾を愚弄するつもりか!? だッ・・・大体だな、この地に一方的に攻め込んできているのは、
お前たち人間の方ではないか!! それを差し置いて人事のような物言い・・・聞き捨てならぬ!!」
「なるほど、これは失言だった。しかし何故、いつまで経っても人間に対する備えができないんだ?
相変わらず、この宮殿内に兵らしい者の姿は見えん。いつまた人間が侵攻してくるかも知れんと
いうのに、悠長なことだ。・・・私が捕えられ、この地で暮らすようになってもう半年以上になるんだぞ。
この間、一体何が変わったというんだ?」
「な・・・何だと!? 貴様、自分の置かれている立場を―――――」
「もちろん弁えているさ。・・・ユーカトリア殿が心配していたぞ。最近、本殿から戻ったお前の荒れ
ようは、目に余るとな。こうして、夜な夜なしがない捕虜の部屋を訪れ、こうして与太話に興じて
いるのも、そのことと関係があるのではないか?」
「―――――ッ!!」
「初めに、お前は“まとめ役など居ても居なくても同じこと”と言っていたな。・・・大方、お前の憂鬱の
原因は、その辺りにあるのだろう。違うか?」
「・・・そうだ!! 確かに、お前の言う通りだとも!!」
握り締めた拳をわなわなと震わせていたガリアティードは、ここで大声で怒鳴った。力一杯テーブルを
殴り付けると、迸るようにして言葉を続ける。
「長老共には、我等の直面している現実というものが見えておらぬのだ!! 危機に際しては
互いにその責任を押し付け合い、自らは動こうともせぬ! いくら妾が言葉を尽くしても、一度
それが過ぎ去れば、旧態依然の“伝統”という言葉の中に逃げ込んでしまうのだ! ・・・確かに、
老い先短いあ奴らはそれで良いのかも知れぬ。しかし、残される多くの歳若き同胞の未来に
ついて、どうして思いを馳せることができぬのだ!!」
顔を上げたガリアティードが、ティエンの顔を正面から睨み付けた。その目には、やるせなさから来る
涙が滲んでいる。
「妾は、死を恐れてはおらぬ。同胞を守る為ならば、こうして剣を執り、自ら最前線に立つことを厭いは
せぬ! ・・・しかし、このままでは何も変わらぬ。そのことを思うと、時折言いようの無い空しさに
襲われるのだ!」
「・・・それについては、もしかしたら私から解決の糸口を提供することができるかも知れん。」
「気休めを申すな! 戦に明け暮れるお前たち人間の言葉など、当てになるものか!」
「しかし、何か得るところがあるかも知れん。日々を生き残ることに懸命な我々人間だからこそ、見える
ことがあるかも知れないぞ?」
「面白い! そこまで言うのならば、聞いてやる! さあ、申せ!!」
どっかりと椅子に腰掛けたガリアティードが、ぐっと身を乗り出すとティエンを睨み付ける。その視線を
臆することなく受け止めながら、ティエンは静かに話し始めた。
「我々人間が、有史以前から争いに継ぐ争いを繰り広げてきたことは、お前も知る通りだ。先程述べた
ように、竜と人間には種族としての幾つかの大きな相違点があるわけだが、それを差し引いても、
人間は竜に比べて争いを好む種族であると言えるのかも知れない。その点について私は弁明する
つもりはないが、我々人間にも等しく“戦の無い世を作りたい”という願いがあることは、信じて
もらいたい。」
頷くガリアティード。その様子に、こちらも頷いたティエンが言葉を継ぐ。
「陛下の許で幾多の戦いの中に身を置きながら、私は考えた。この世から戦を無くすことはできない
までも、少しでもそれを減らすことのできる手段はないものかと。・・・武力で民を押さえ付けておくという
考えが、愚かなものであることはすぐに分かった。ならば、それに代わるものを見付ければよい。
・・・こうして私は、“法によって世を治めるべきだ”という結論に達したのだ。」
「法・・・だと?」
「そうだ。為政者個人の能力で国を治めることは、その国の規模が大きくなればなるほど難しくなる。
また、いくら偉大な資質を備えていたとしても、為政者も一人の人間には違いない。個人的な感情から
判断を迷うこともあり、延いてはそれが国の乱れに繋がるのだ。こうした弊害を防ぎ、国の存続を
長からしめる最上の方法こそが・・・身分の上下や民族に係わらず、一様に等しく用いられる法の
整備だと、私は確信している。そして、この旗印の下に戦った我々が大陸の統一を成し遂げた
ことで、この考えの正しさは証明されたと思っている。」
人間とは、醜く弱い生き物だ。だからこそ、それを縛る「枷」が必要なのだ。
書物を紐解けば、古来よりその「枷」として様々な試みがなされてきたことが分かる。しかし、その
最たるものである“礼”を初め、人間を本来は善良なものであると考えた施政は、ことごとく失敗の
憂き目を見ることになったのもまた事実だった。
だから、“法”なのだ。人間は本来悪であり、それを信用してはならない。それが、“法”の悲しい前提
なのである。
「私の見たところ、お前たち竜の国家形態は我々人間の遊牧民族に近い。それぞれの民族の力が
強く、それらを率いる確固たる長がいない状態なのだな。これを『国家』としてまとめ上げるためには、
第一にやはり法を定めるところから始めてはどうだろうか。・・・お前たち地竜族は、もともと真竜族の
中でこうした役割を担ってきたようだし―――――」
ティエンが、ここまで話したときだ。廊下をばたばたと走る音が聞こえたかと思うと、ノックの音も
そこそこに一人の風竜が居室に飛び込んできた。その只ならぬ様子に、二人の表情も引き締まる。
「夜分遅く、申し訳ありません! 火急の用件につき、ご容赦願います。」
「・・・何があった?」
「ロンバード砦のシークエル様からの伝言です。その・・・」
「構わぬ。奴の言葉通りに申せ。」
「は、では失礼いたします。・・・“また人間が来やがった。すぐに来てくれ”とのことです。」
「分かった。直ぐに行くと伝えよ。」
「はっ!」
頭を下げ、去っていく伝令の後姿を眺めていたガリアティードが、振り向くとティエンのことを冷ややかな
目で見据えた。
「これが、お前の言う“法”の効果という訳か? ティエンよ。」
「いや・・・私はただ―――――」
「これ以上の議論は無用! お前も聞いた通り、妾はこれより前線に赴く。お前はここで、戦が
終わるのを待つが良い。」
「待ってくれ! ならば、私も一緒に―――――」
「ならぬ!」
裂帛の気合を込めた声を浴びせられ、ガリアティードの後を追おうとしていたティエンは、思わずその
歩を止めた。
部屋の入り口で立ち止まったガリアティードが、ちらりと肩越しにティエンを振り向いた。その眼差しは、
意外にも穏やかなものだった。
「勘違いするな。何も、妾はお前のことを責めている訳ではない。」
「では、何故なんだ!?」
「術の話は、妾も耳にしている。お前のお陰で、術が遣えるようになった者たちが何名も居るそうだな。
・・・それが事実ならば、お前は我々にとって有為の人材。戦場で失いたくはない。」
「しかし―――――」
「お前の申したことは、心に刻んでおこう。戦から戻れば、またじっくりと語り合うことも出来よう。
・・・以後、妾が宮殿に戻るまで、この部屋からの外出を禁じる。良いな。」
「待て!」
手を差し伸べたティエンの目の前で、大きな音を立てて居室の扉が閉じられた。
しばらくの間、扉を睨み付けるようにしてその場に立ち尽くしていたティエンは、やがてその口を
開いた。
「クラカ。そこに、いるな?」
「・・・・・・。」
扉が静かに開けられ、そこからクラカが顔を出した。何時いかなるときも自分から離れないこの忠実な
護衛に向かって、ティエンは言った。
「話は、聞いていただろう。私は、どうしても前線に行かなければならない。帝国の宰相として・・・
そして、南大陸にただ一人生き残った人間として、これ以上の竜と人間の争いを止める義務が
あると思うからだ。」
「・・・・・・。」
「頼む。私を、ここから連れ出してはくれないか。」
深く頭を下げるティエン。無表情でティエンのことをじっと見つめていたクラカが、ここでふっと
微笑んだ。
「ティエン殿は、私の恩人だ。その恩人が望まれることは、私は命に代えても成し遂げてみせよう。」
「済まない。この通りだ。」
「さあ、行くぞ。・・・正門は駄目だ、既に監視が付けられている。そちらの窓から出よう。」
居室の窓を開け、壁伝いに地上へと降りる。クラカの後について走りながら、ティエンは心に秘めた
決意を新たにしたのだった。
(何としても・・・これ以上の衝突は防いでみせる!!)