EARTH BEAT
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そんなある日のこと。この日も書庫へと足を運ぼうとしていたティエンは、別邸の中庭に見慣れない
人影を見付けて足を止めた。
(・・・?)
中庭には花壇があり、そこには四季折々の花が咲き乱れている。誰が世話をしているのかを
ティエンは知らなかったが、春夏秋冬の花が同時にその姿を見せるということ自体、驚くべきこと
だった。これも、竜たちの持つ力の顕れなのかも知れない。
この日、そこには緑の髪の子供がいた。年の頃は、人間でいうと十歳くらいだろうか。
別邸で暮らしているのは、囚われの身であるティエンを含めごく少数だった。恐らく、この子は世話役で
ある木竜ユーカトリアの縁者なのだろう。
何となく惹かれるものを感じたティエンは、花壇の前に佇む相手の方へと歩み寄っていった。そして、
背後からそっと声をかける。
「何を、しているんだ?」
「・・・!」
「ああ、怖がらなくていい。別に、何かしようというつもりはないよ。」
びくりと身を竦ませた相手は、ティエンの姿を認めると後退りながら小さく首を振った。
単に種族が違うというだけで、このように無闇に怯えられてしまうこともある。心の中で苦笑した
ティエンは、相手に並ぶようにしてその場にしゃがみ込んだ。
「ふむ。・・・この花の、世話をしていたのか?」
「・・・・・・。」
「そうか。・・・ああ、これはひどいな。」
小さく頷いた相手の眼前には、植えられた花がひどく傷んでしまっている一角があった。
茶色く変色してしまった葉を取り除き、無惨にも途中で折れてしまった茎に添え木をする。しばらくの
間、必死になって花の世話をする相手の横顔を眺めていたティエンは、やがてくすりと笑った。
振り向き、小首を傾げた相手に向かって微笑む。
「花か・・・。懐かしいな。」
「?」
「私の妻は、花が好きでね。帝都の私の家には、これと同じような大きな花壇があるんだ。よく、その
世話に付き合わされたものだった。」
「・・・・・・。」
「初めは、土いじりなんて・・・男のすることじゃないと、軽蔑していたんだ。だが、慣れてくると、これが
なかなか奥深くてね。流石に、君たち竜のように自在に好きな花を咲かせることはできなかったが、
次は一体どのような花が咲くのか。どのような形、どのような色、どのような香りがするのか・・・と、
期待に胸を膨らませながら花壇の世話をしたものだった。いつしかそれが、戦に明け暮れる日々の
中での何よりの癒しになっていったんだよ。」
遠くを見るような目で、ティエンはぽつりぽつりと喋っていた。その視線の遥か先、遠い北の地では、
最愛の妻が彼の帰りを待っているはずだった。
「植物には、人と同じく心があるのだと言われている。・・・君は、そのことを信じるかい?」
「・・・・・・。」
「そうか、君は木竜だったな。」
大きく頷いた相手の頭を、笑顔になったティエンは優しく撫でた。
「私も、そうだった。このように、花が傷んでしまったときはいつも・・・精一杯の祈りを込めて世話を
したものだった。そう、こんな風に直接植物に触れて―――――」
と、ティエンは折れかけた茎に添えられたままだった相手の手を、その上から軽く握った。
「・・・実際に声をかけるんだ。頑張って元気になってくれ、またきれいな花を咲かせてくれってね。
だからって実際に何かが起こるわけじゃないが・・・いつか、その気持ちが通じたら嬉しいじゃ
ないか。」
言いながら目を閉じ、懐かしい帝都の自宅の花壇の様子を心に描く。今頃は、秋桜を初めとする秋の
花々が鮮やかに咲き誇っているはずだった。
思えば、ここ数年は戦に次ぐ戦で碌に妻の許に帰ることもなかった。
そうだ。万が一、無事に北大陸に戻ることができたなら。・・・今度こそ宰相の職を辞し、故郷に戻って
妻と二人で晴耕雨読の日々を送ることにするのだ。
(・・・・・・)
ふっと笑ったティエンが再び目を開けたとき―――――その“夢”は現実のものとなっていた。
「な・・・!?」
たった今、脳裏に思い浮かべたばかりの花壇。秋桜の紅、紫苑の蒼が一際目に付く。
(これは・・・一体!?)
思わず立ち上がったティエンは、何気なく傍らに目をやり・・・そして、二度仰天させられることになった。
そこに立っていたのは、最早先程までの年端も行かぬ子供ではなかった。肩の下までだった髪は腰の
辺りまで伸び、その背丈は優に一リンク以上大きくなっている。胸から腰にかけての豊かな線は、
相手が紛れもない“女”であることを示していた。
ティエンと同じく、しばらくの間は呆然と花壇を眺めていた相手は、やがてぱっと顔を輝かせた。そして、
その場に立ち尽くしていたティエンに向かってぺこりとお辞儀をすると、ぱたぱたと建物の中へと
駆け込んでいく。
その後姿を呆気にとられて見送っていたティエンの手首が、ここで荒々しく掴まれた。
「貴様ッ! 今、何をした・・・!?」
「!?」
相手は、護衛の火竜だった。今までどんなに話しかけても、目を合わせようともしなかった相手が、
血相を変えている。
「待ってくれ。私にも、何が何やら―――――」
「惚けるな! 今、貴様があの子にしたことだ!!」
一体何が起こったのか、分からないのはティエン自身も同じなのだ。自らに縋り付かんばかりに
詰め寄った火竜に向かって、ティエンが口にすることができたのは、次のような言葉だけだった。
「まずは、落ち着いてくれ。一体、何にそんなに驚いているんだ?」