EARTH BEAT
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南大陸北部に広がる、グレンドラ平原。それを横切る三大河の一つ、アレシュ川の河口東岸には、
来襲する人間族を監視するための小さな砦があった。ロンバードと名付けられたその砦にティエンと
クラカが到着したのは、翌日の昼過ぎのことだった。
軍議の場には、ガリアティードを含めて三つの人影があった。髪の色から、残りの二人はどうやら
風竜と水竜であることが分かる。一様に驚きの表情を浮かべた彼らの前に進み出たティエンは、
その場に膝をつくとガリアティードに向かって拝礼した。
「ティエン! ・・・その方が、何故ここに?」
「その理由は、昨夜申し上げたはず。これ以上の無益な争いを食い止めるためです。」
「確かに、そうであったな。・・・しかしその時、妾はその方にこうも申し付けた筈だ。この戦が終わる
まで、宮殿に留まるようにと。」
「その儀につきましては、申し開きのしようもありません。いかような処分も覚悟しております故、どうか
ここに留まることをお許しいただけますよう。」
「・・・・・・。」
厳しい表情を浮かべていたガリアティードが、ここで困ったように眉を寄せた。次の瞬間、跪いていた
ティエンの胸倉が荒々しく掴み上げられる。
「・・・ったくよ、なんだよこのクソ生意気な人間は。おいガリア、これが例の捕虜ってヤツか?」
「その通りだ、シー。名を、ティエンという。」
相手は、肩までの銀の癖っ毛を首の後ろで無造作にまとめた風竜だった。背丈は六リンクそこそこしか
なく、人間にすると十歳になるかならないかという少年の外見をしている。小さくよく動く瞳と長い前歯の
ために、栗鼠などの齧歯類を彷彿とさせる印象の持ち主である。ガリアティードの呼びかけからすると、
これが昨日の伝令の言っていたシークエルという竜なのだろう。
「けっ、顔色一つ変えねーでかわいくねーな。なあこいつ、俺たちをちっとナメ過ぎてんじゃねーか?」
「・・・・・・。」
「おーおー、いっちょ前にガンたれやがって。・・・こりゃ、お仕置きが必要かな。」
目を細め、値踏みするようにティエンのことをじっと見つめていた相手が、ここで腰の剣を抜き放った。
ティエンに向かって稲妻のように突き出された剣先が、眼球すれすれで止まる。しかし、この不意討ち
にもティエンは瞬き一つしなかった。
「お望みならば、私をいかようにして下さっても結構です。目を潰し、鼻を削ぎ、耳を落として手足を
もぎ取られれば良いでしょう。」
「あんだと!? てめえ、自分が何を言ってるのか、わかってんだろうな!?」
「無論のこと。ただし、願わくば舌だけは残していただけますよう。敵との交渉には、この舌一枚あれば
充分です。」
「くっ・・・この、涼しい顔してしゃあしゃあと・・・!」
「止めよ、シー。そ奴は、この妾にも説教を垂れおった男だぞ。」
顔を赤くしたシークエルがその剣を振りかぶった刹那、ガリアティードの声がその動きを制止する。
ここで再び拝礼したティエンに向かって、相変わらずの仏頂面ながらガリアティードは頷いてみせた。
「致し方あるまい。その方の処分は、宮殿に戻ってから決めることにする。・・・暫し、二人だけで
話したい。皆は下がっておれ。」
「・・・ちぇっ。わーったよ。」
ガリアティードの言葉に、シークエルを先頭にその場にいた面々が部屋を出ていった。
軍議が行われていたのは、砦の最上階に当たる部屋だった。西に向かっては大きな窓が穿たれ、
それを通して川向こうに集結した大軍を見渡すことができた。その数は、恐らく十万を下らないだろう。
しばらくの間、林立する帝国の軍旗を黙って眺めていたガリアティードが、やがてぽつりと呟いた。
「大したものだな。昨年、あれ程の敗北を被りながら、それに倍する軍勢を送ってくるとは・・・。」
「ガリアティード。この期に及んで、そのような―――――」
「戯言ではない。感心しているのだ、お前たち人間の・・・南大陸への執念にな。」
ここまで言ったガリアティードが、背後に立っていたティエンの方をちらりと振り向いた。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「言うまでもない。敵本陣に乗り込み、和平の交渉を行う。」
「やはり、そのつもりであったか。・・・それには及ばぬ。無駄なことだ。」
「何故、試みてもいないうちからそのようなことが分かる!? 仮にも私は、かつて帝国の宰相だった
男だ。きっと、誰か話の通じる相手がいるに違いない。」
肩を怒らせたティエンの顔をじっと見上げていたガリアティードが、しばらくして諦めたように下を
向いた。窓枠にもたれ掛かりながら、ゆっくりと目を閉じる。
「しかし、ティエンよ。・・・お前も、つくづく損な性分なのだな。」
「損・・・だと?」
「昨夜の“法”の話は、確かに卓抜なものであった。しかし、これ程に切れる男が何故、このような
当たり前のことに気付かぬのか・・・。」
「待て。さっきから、一体何の話だ?」
「知れたことを。お前が、この南大陸を訪れることになった・・・その理由だ。」
「それについては、昨晩言ったはず―――――」
「お前は、自らのことになると途端に盲目になるのだな。不老不死の霊薬を探すため、等という名目
自体がそもそも不可解であることに、何故気付かぬ。」
「何!?」
「では尋ねるが、何故お前でなければならなかったのだ。」
ここで目を開けたガリアティードが、うろたえた様子のティエンを鋭い視線で見据えた。
「考えてもみよ。南大陸はお前たち人間にとって未知の世界だ。その住人だけではなく、慣れない
気候に未知の病、碌に地図も無い山岳に大河・・・その全てが敵となり得るのだ。幾ら重要な任務で
あろうと、自分の右腕である有能な部下をそのようなところへおいそれと派遣するものか。少なくとも、
妾はそのようなことはせぬ。」
「そ・・・それは・・・」
「百歩譲って、その“不老不死の霊薬”とやらをお前が良く存じておるのであれば、まだ話は分かる。
しかし、そうではあるまい? ・・・これは、口実だったのだ。お前を南大陸に追いやり、亡き者にしようと
する皇帝のな。」
「・・・・・・。」
一歩ティエンに歩み寄ると、その胸に手を置くガリアティード。その瞳は、切実な色を帯びている。
「本当は、この辛い現実をお前に突き付けるのは避けたかった。だから妾は、お前に宮殿に残れと
申したのだ。」
「ガリアティード・・・」
「今からでも遅くはない。クラカと共に宮殿に戻り、戦の終わるのを待て。・・・敵兵の十万や二十万、
押し寄せる度に妾が蹴散らしてやろうぞ。」
「・・・いや、ならん。何と言われようと、私は行く。」
「聞き分けの無い奴だな! だから、無駄だと申して―――――」
「このままでは何も変わらないと嘆いていたのは、お前の方だろう! ここで手を拱いていれば、それが
現実になってしまうんだぞ!!」
「ティエン! 待たぬか!」
制止の声を振り切るようにして、ティエンは部屋を飛び出し、長い階段を駆け下りていった。その
後姿を、ガリアティードは複雑な表情を浮かべて見送ったのだった。