EARTH BEAT
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瞬く間に時は過ぎ、明けて坤元五三年となった。
「どうした。・・・今日は、何だか浮かない顔だな。」
「・・・む?」
別邸、ティエンの居室。窓から庭園の夜桜を眺めていたガリアティードは、ティエンの声に振り向いた。
「いや、何。・・・大したことではない。」
「そうか? ならばいいが。」
「新年早々、面白くないことが多いものでな。」
部屋の中央に置かれたテーブル。その傍らに歩み寄ったガリアティードは、手にしていた杯を手ずから
満たし、それを一気に呷った。
時が経つにつれ、ガリアティードは頻繁にティエンの居室を訪れるようになっていった。いつしか、
二日に一回だった会話が毎日になり、昨年の暮れからはこうして夕食後もティエンの居室に留まる
ことが多くなったのだ。
溜息をつき、軽くよろめいたガリアティードの様子に、眉を顰めたティエンが言う。
「それにしても、今日は飲み過ぎではないのか?」
「うるさい。・・・しがない捕虜の分際で、何を抜かす。お前は、黙っておれ。」
「しかしな。・・・好きなのは分かるが、もう少し酒は控えたらどうだ。まとめ役であるお前が倒れたら、
真竜族の危機では―――――」
「黙れと、言ったぞ。小賢しい台詞は、聞く耳持たぬわ。」
ティエンの言葉をその半ばで遮ったガリアティードは、ティエンに向かって杯を突き付けた。酔いの
為か、珍しく目が据わっている。
「どうせ、まとめ役など居ても居なくても同じことよ。・・・それよりな、ティエン。そろそろ、北大陸について
話さぬか?」
「・・・・・・。・・・そうだな。そろそろ、潮時だろう。」
「ほう? やっと、その気になったという訳か。・・・良かろう、聞いてやる。」
にやりと笑ったガリアティードが、どっかりと椅子に腰を下ろした。その向かいに座るティエンは、
手にした杯を見つめながらぽつりぽつりと話し始めた。
「国の名は、タイラントという。私はそこで、宰相を務めていた。・・・我が祖国が成立したのは、およそ
三百年前だと言われている。“神皇”と呼ばれた初代皇帝の強大な武力によって、史上初めて
北大陸が統一されたのだ。しかし、これも人間の愚かさ故か・・・十代皇帝の後継を巡る争いに
よって、北大陸は再び戦乱の世に戻ることになった。それを平らげ、帝国再興を成し遂げ
られたのが、現皇帝のイレクラスト様だった。私はその元で、微力ながら大陸平定のお手伝いを
させていただいたのだ。」
手近な紙を引き寄せたティエンは、ペンを手にすると北大陸の概形を描いた。大まかな州境、州名と
主要都市を次々に書き入れていく。その手元を、ガリアティードはじっと見入っている。
無論のこと、この南大陸にも北大陸の大まかな地図は存在していた。風竜術を遣えば、人間に邪魔
されることなくその土地を観察することは容易だったからだ。しかしそれも、具体的な地名や人口、
産業などについては知る術もなく・・・南大陸の住人である竜が、北大陸の詳細に接したのは、これが
初めてということになるだろう。
「このように、北大陸は東西に細長い形をしている。帝国を構成する州は全部で十一。帝都の名は
カナネア、イーグル州の西端に近いところにある。」
「ふーむ・・・。かように狭い土地が、さらに細かく分けられておるとはな。」
「大陸北部は極寒の荒野だ。我々の居住に適した土地は、大陸の半分強といったところかな。・・・再興
なったタイラントは、初代のそれに比べて地方の勢力が強いことが特徴だ。現皇帝は大陸中東部の
オーセルト州の出身で、私はその隣のエガディ州。どちらも帝都のあるイーグル州からは遠く離れ、
その文化も大きく異なっている。そのために、当初は西部諸州との間で無用な摩擦があったもの
だった。」
同胞である人間たちを、裏切っているとは思わなかった。本来ティエンは、南大陸の住人とも手を
取り合って「世界帝国」を築き上げるべきだ、という考えを持つ融和論者だったからだ。
相手と分かり合うためには、情報の共有が欠かせないはずだ。そしてまた、竜たちはたとえ北大陸の
詳細が明らかになろうと、北への侵攻を企てたりはしないだろう・・・という確信が、この地で暮らす
うちに持てるようになった、という背景もあった。
頷きながらティエンの説明に耳を傾けていたガリアティードが、ここで小さく首を傾げた。
「成程、これでお前の国のことは概ね理解することができた。しかし、お前は宰相であったと・・・先程
申したな。宰相と申せば国家の要職。その宰相殿が、何故遠征軍の先鋒などに身を置いておった
のだ?」
「決まっているだろう。不老不死の霊薬を、探しにきたのさ。」
「不老不死?」
小さく溜息をついたティエンの言葉に、ガリアティードは口をぽかんと開けた。
「国を建てることに成功した統治者は、次に何を望むのか。それは、自らの余生を伸ばすことだ。
これは、古今東西の為政者の習い性とも言うべき、当たり前のことではないのか。・・・そして、その
探索のために私が選ばれたのだ。」
「そう・・・だったのか。」
「ああ。・・・俗に、人生五十年と言う。さだめし、陛下も焦っておられたのだろうな。いかに統一が
成ったとは言え、そこで大軍を遠征させれば国力は大きく疲弊する。下手をすれば国の崩壊に
繋がりかねないことが分かっていてなお、五万もの遠征軍を送られた。・・・待ち切れなかったの
だろうな。」
「成程な。人間には人間なりの・・・この地を目指す切実な事情があるのだな。お前の話を聞いて、目を
開かされた思いだ。」
神妙な面持ちで頷いたガリアティードの向かいで、テーブルに杯を置いたティエンは、腕を組むと目を
閉じた。
「私は、この地で暮らすようになってから・・・ずっと考え続けてきた。我々人間と、お前たち竜との
一番の差は何なのかと。何故、お前たちが悠久の平和を享受できている一方で、我々は戦に
明け暮れる日々を送らねばならないのか、とな。」
「ふむ。・・・それで?」
「初めは、彼我の持つ力の差かと思った。お前たちの遣いこなす“竜術”のような、強大な力の有無に
よって、我等の運命が定められたのではないかとな。・・・しかし、それは違う。もし我々にそのような
力があったとして、それは北大陸の戦の規模を大きくすることにしかならない。」
「では・・・。ティエンよ、お前の出した結論は、何だったのだ?」
「寿命だよ。」
ここで目を開いたティエンは、ガリアティードの瞳を正面から見据えた。
「先程、人間の寿命は五十年足らずだと言ったな。対して、お前たち竜の寿命は三百年。ざっと
見積もっても六倍近い差になる。このことが、我等の種族としての振る舞いを決めているのでは
ないかと・・・私は思うようになった。三百年前に作られた国が、既に一度崩壊を迎えている。それを
聞いて、いかにも争いを好む人間たちらしい結末だと、お前は呆れたのではないか? ・・・だが、
人間の皇帝の一代は平均二十年足らずだ。“まとめ役”が最低でも二百年程度の任期をこなす
お前たち竜とは、そもそも国としての“前提”が異なるのだ。」
「・・・・・・。」
「百年で良いのだ。それだけの時が確実に与えられれば、然るべき資質の持ち主が大陸を統一し、
更には悠久の繁栄を目指し腰を据えた国作りを行うことは、決して不可能ではないはずだ。しかし、
現実はどうだ? 人間として、その能力を最大限に発揮できるのは、僅か数十年でしかない。
これでは、余程の僥倖に恵まれねば、大陸の統一とその維持などは夢のまた夢だと言わざるを
得ないのではないか。」
だからこそ、守らねばならない。
三百年の時を経て、再び北大陸にもたらされた秩序。これを五百年、千年と守り続けていくことが
できれば、いつしかそれは当たり前の現実となっていくはずだった。そのためにできる限りの手を
打つことが、宰相としての自分に課せられた任務だろう。
「短い期間での代替わりには、多くの弊害がある。多くの代替わりを経るうちに、指導者としては
不適格な者が、皇帝として人々の上に立つこともあるだろう。余りにも短い皇帝の在位が、人々の
間に無用な混乱を引き起こすこともあるだろうな。・・・しかし、更に重大な問題がある。」
「・・・・・・。それは、一体何なのだ?」
「戦が無為であることなど、ほんの子供でも知っていることだ。にも拘らず、何故戦は無くならないのか。
それは、戦から得られた教訓・・・悲しく辛い思い出が、人間の世では時と共に急速に失われていく
からに他ならない。そのため、またぞろあらぬ野望を持つ輩が現れ、世は戦乱に飲み込まれていく
ことになる。」
「ティエンよ。・・・お前はもしや、そのことに腹を立てておるのではないか? 我等真竜族と、お前たち
人間に与えられた命の長さの余りの差に・・・。」
「私がか? いや、それはないよ。」
気の毒そうな表情を浮かべたガリアティードにこう尋ねられ、小さく笑ったティエンは顔の前で手を
振った。
「確かに、当初はあまり面白く思っていなかったことは事実だ。何せ、お前たち竜には強大な“術”の
力までが具わっているんだからな。これでは余りに不釣合いではないかと、一端に天を恨んでみた
こともある。・・・だが、残念ながら我々人間には、強い力と長い寿命に耐えうる強靭な精神が
具わっているとはお世辞にも言い難い。きっと、竜には竜の・・・そして、人間には人間なりの
身の丈に合った生き方というものがあるのだろう。」
「・・・・・・。」
このティエンの言葉を最後に、部屋の中には重苦しい沈黙が漂った。しばらくして口を開いたのは、
ティエンの方だった。